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「お疲れさまです。皆さんのおかげで話せます。これからよろしくお願いします」
数日後には本当に妻の声で、妻が話したことのない言葉が聞こえた。それは妻の声そのものだった。
「うん。これは上出来だ」
まだテスト段階の研究室での発表会。皆が僕の判断を待っていて、僕がそう語ると、ワッと盛り上がった。
「あまり喜ばないように。まだこちらで指定したテキストを読み上げてるだけですから。会話ができるわけではありません」
音響担当からの言葉。その通り。まだシステムは完全ではなかった。
それでもこれで研究室には活気がついた。完成はそうは遠くない。
「主任ってどうしてあんなに対話型にこだわるんだろう」
僕の居ない時に語られた話らしい。これは後に知った。
「高い理想を目指してるんだよ」「そうだな。今の技術じゃまだ考えられないから」「素晴らしい人だ」
ちょっと研究が現実に近づくと僕の悪口を言う人間も少なくなっていた。
悪くないこと。研究が更に進む。
だけど、彼らの思いと現実は違っていた。僕はそんな研究者の理想を追い求めているんじゃなかった。
これはただの自分の望みを叶えるための研究。
「僕はただもう一度妻と話したかったんだ」
今だから言える自分勝手な研究目的。
僕の妻は若くして病気で簡単に死んでしまった。それも治るべき病気で。その病気に気が付かなかったのは僕がそれまでの研究に必死だったから。
妻を亡くして一番に思ったのはそれまでの研究なんてどうでも良くなったこと。妻との時間のたいせつさ。そして僕の悲しみだった。
どうしても僕は妻のことを忘れられずに新たな研究に進むことにした。それが対話型人工知能だ。妻と話したいための望み。
あの頃こんな僕の望みを知っていたら研究員たちはどうしたのだろう。僕の指示なんて聞いてくれただろうか。
「基本プログラムが出来上がった」
その日は程なくして訪れた。僕たち研究室の頑張りが実を結んだ瞬間。
これまで理論的には可能だった対話型でもその実現はまだ未来の出来事だったのに、僕たちはそれを完成させた。
喜びの声が絶えない。しかし、僕はそれを宥めて新しいシステムの起動させる。
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