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「つまりその頃から十年。再度研究するのは時間が必要だったんだね」
今の僕の隣には女の子が居る。僕より五つくらい若い、土に汚れた作業着姿の人だ。
「どちらかと言うとデータのサルベージだと思うよ。基本理論は完ぺきだったと自負してるから」
僕たちが話しているのは北の外れの町の広い畑。僕はあれから少ない貯金と現地アルバイトで日本中を旅した。そしてこの地に辿り着く。
農業なんてあのころは想像もできなかった。しかし今の僕には合っている気がする。そして彼女はこの農場の娘さん。
ちょうど対話型人工知能の発表があって、その時の僕の様子を彼女が疑問に思って過去のことを聞いたのだった。
「どうして、貴方はこんな発明を消してしまったの?」
「機械に人間の心はよめないんだよ」
「うーん。ちょっとわかんないなー」
もう彼女だって若い女の子ではないが、こんなお茶目な話し方が良く似合う。
「それはそのうちわかるさ」
僕は一通りのことを話し終えて立ち上がると作業に戻ろうとした。
「まだお嫁さんのことを忘れられないの?」
彼女のその言葉に返事はできなかった。それでも彼女はクスッと笑う。
「あたしはね。良いよ。二番目でも」
こんな人だ。僕は負けてしまう。
暫くして僕が農場の跡取り婿養子になった頃、対話型人工知能に問題点が浮き彫りになった。
人の声で語られると誰だって人間を想像してしまう。相手が単なる機械だって。そして機械は正論しか言わないんだ。
どんなに友人や家族に恋人のフリをしてもそれまで。人間にはなれない。人間は拗ねたり、笑ったり、怒ったりする。だから人間なんだ。それは人工知能では学習できない心だった。それが失敗の理由。
「これに気付いたのか」
彼女がニュースを見ながら話してた。
「僕は妻と話したかったんだ、それが叶わないことに気が付いただけだよ。機械との会話なんて定型文で十分なんだよ」
「そっか、残念だね」
ちょっと彼女が申し訳なさそうな顔になっている。
「今は叶ってるけどね」
「わかんないよ。どういうことなの?」
「こういうこと」
首を捻って彼女は理解不能になっているので僕は指を彼女の顔に向けて示していた。
「それってまさか」
急に顔を赤くして彼女が言葉を無くしていた。
「解るかな」
遠くこれから笑いは続くのを切に願うから。
おわり
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