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お姉ちゃん,そういえばまだ彼ときちんと話し合ってなかったの?そうやって先送りにし続けてるから。結局こうやってあとでより面倒なことになるんじゃない。とその目が雄弁に語りかけてくる。…ちっ。
うるさいなぁ、こっちだっていろいろ考えてはいるんだってば。けどそもそもわたしとあいつは何でもないんだからさ。付き合ってもいないのに別れ話とか。順番がおかしくない?
とこれもお返しに目だけで訴えかけた。
それにしても終始ひと言も声には出さずじまい。一体これってどういう会話なんだ、まあ自分たち姉妹のことではあるが。
わたしたちがリビングで醸し出してるそんな微妙な空気をよそに、何事もないような以前のままの会話を交わす母と夏生。
向こうはまあともかく、母は何なんだ一体。最近はどっちかといえば高橋くん推しじゃなかったのか?
と憤慨するのもおかしいと言えばおかしいが。そもそもわたしと高橋くんがそんなんじゃないことは我々自身が身に沁みて知り尽くしてるわけで。そこは気を回して配慮しろ、と声を大にして母親に要求するわけにもいかない。わたしたち付き合うことにしました、とも結婚を考えてます。とももちろん宣言してないんだし。
表向き、というか実質だけど。高橋くんは単にわたしの友達(及び仕事上のパートナー)、夏生はただの幼馴染みの同級生。そう考えると母が二人に気を遣ってわざわざ同席させないよう配慮する必要性だって。よく考えてみたら全然ないわけで…。
そしたら二人を同じ食卓に同時に招くのは別に非常識でも何でもないのか。だけど、その場の空気感を想像するだけで。…もう既にきりきりと、横っ腹が痛くなってきた。
だけど、ありがたいことにというか考えてみれば当然というべきか。夏生は母の誘いをあっさりとそこで断った。
「いや、今日は。そういうつもりで来たわけじゃないから…。ところであいつ呼んでいい?お客さん、今来てるんだよね」
「あ、でも高橋さんだから。別に大丈夫だと思うよ。リビングに行けばみんな今いるから、夏っちゃんも上がってどうぞ?」
母はあくまで危機感がない。高橋くんと夏生の間に漂ってる、いわく言い難い緊張感については彼女の中では特に存在しないものと受け止められているようだ。子どもたちみんな同年代だし、まあ何とか仲良くやるでしょ。みたいな感覚なのかも。
それを耳にしてうわ。あいつ、ここに今から入ってくんのかよ。と思わず肩をすくめたら、夏生がぼそぼそとその誘いを断る声が聞こえてきた。
「いや、…今日はそうじゃなくて。あの、うちのハハオヤがさ。久しぶりに夕食にお招きしましょうとか言い出して。あの、…あいつを。いきなりで申し訳ないけどさ。今回割といい鶏肉がうちに回ってきたみたいで」
うわ。夏生のお母さんからのご招待か。これは確かに、断りづらい。
「あら〜そうなのぉ。なんか、お気遣い頂いちゃって、悪いわねぇ。そしたら、お客様いらっしゃってはいるんだけど、うちも。どうしようかしら…」
急に声のトーンが上がる母。すかさずわたしの隣で麻里奈が上体をキッチンの方へ向けて、いつもよりちょっと気取った声を大きく張り上げた。
「…夏くん!それ、あたしが行きたい!夏くんちのお父さんお母さんとも最近会ってないし。お姉ちゃん今日お客さん来てるし…」
ナイス、麻里奈。こういうとき言いたいことのびのび口にしてけろりとして悪びれない、末っ子気質って実に便利だ。
お姉ちゃんにお客さんのひと言がまあ、余計って言えば余計か。下手に無駄な対抗心を煽らないとも限らない、とちょっと首をすくめて様子を伺ってたら、それでも麻里奈の手前あまりきつい言葉も使いたくないようで奴は意外と柔らかい声でその提案をやんわりと却下した。
「うん、そうだな。麻里奈ともうちの親、多分会いたがってると思うよ。けど姉妹二人ともいっぺんに連れてっちゃうと、そっちのお客に失礼だろ。とりあえず今日は純架だけな。…麻里奈にはまた、今度別にちゃんと埋め合わせするから」
やっぱりこいつ、わたし以外の相手には割と親切というか。まともで優しいんだよな。どうしてわたしにだけあんなに当たり強いの?もしかして、あえて嫌われたいとかなんだろうか。
わたしの仕事の関係者だし、来客である高橋くんの立場を思うなら麻里奈じゃなくて純架を残すべきだ。って真っ当な結論には至らないのか。隣でぶん、とむくれてる麻里奈にどうフォローすべきか考えてるわたしの肘をそっと突いて、高橋くんが顔を寄せて声を落として囁きかけてきた。
「…行っといでよ、純架。俺は大丈夫だから」
そりゃ、あなたは平気でしょうよ。特にわたしがいないとこの家で居心地悪いとかないし。母とも父とも麻里奈とも、普通に楽しくお喋りしてご飯食べられるもんね。
だけど特別好きでもないモラハラ幼馴染みの家にお招ばれしなきゃならないわたしの方はさ。救いは奴のご両親は普通に親切ないい人たちなので、夕食のテーブルの雰囲気がいたたまれないほど悪いってことはあり得ないってだけ。そこ以外、どう考えても往き帰りはあいつと二人きりにならざるを得ないってのは想像するだにうんざりする。
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