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そう考えてしまいつい渋い顔になったわたしに、より顔を寄せてさらに小声で耳許で付け足す高橋くん。
「…行った方がいい。この機会を逃すと、彼ときちんと話すチャンスはもうしばらくの間ないかもしれないし。一回ちゃんと向き合っておいた方がいいよ。中途半端な状態でここに置いていくんじゃ彼にだって。気の毒だろ?」
「うー。ん…」
そんな風に言われても。
まだわたし、高橋くんについて外に出るって決意固めたわけじゃないのに。
完全にそれ前提で話されるのはちょっと気になる。わたしがやっぱりここに残るって最終的に判断するかもって。この人、全然想定してない言動だよね?返事は急がないからゆっくり決めていいってあのときは言ってたくせに。
それでも確かに、出て行こうが行くまいがあいつとの関係をこのままなぁなぁにしておくのもよくないよな。麻里奈が本当に後釜に座ることになるかどうかは置くとしても、夏生がフリーならじゃあ、自分が一緒になりたいと考える女の子は他にも出てきそうな気もするし。
だったらこの辺ではっきりとわたしはその気ないから。と伝えて立場を明確にして。あいつを一刻も早く自由にしてやるのは今後を考えたら大事なことなんじゃないだろうか。これ以上先延ばしはよくない。
そう心に決めつつでも、あーあ。それにしても憂鬱だし面倒だなぁ、あいつと付き合うって一度たりとも言ったことすらないのに何でわたしがこんな目に。と思いつつため息をついて勝手口の方へ向かおうとする。
と、わたしの腕を軽く抑えて高橋くんが一旦引き留めてから励ますようにぽん。と背中を叩いた。…それを目にした麻里奈が傍らできゃ。と両手を口許にやってきらきらしてるのが目の端に引っかかった。
いや、そういうんじゃないんだってばわたしたちは。と言いかけて面倒になって諦めて口を噤む。…ああ、本当にもう。
「大丈夫。彼だって時間はかかってもきっといつかわかってくれる。君には君にしかできないことがあって、それを彼自身は分かち合えない立場で仕方ないんだ。ってこと…。広い世界を自分自身の目で見るのと、彼の隣で何も知らないままずっと平和に暮らすのは両立し得ない。どっちを選ぶも純架の自由意思だけど。…君は多分、こっちを選ぶことになるだろうって。俺は信じてるよ」
不審なくらい遅くなるようなら念のためこっちから迎えに行くよ。と声を落として付け足した高橋くんがどんな最悪の状況を想定してたのか、そこまではわからない。
だけど予想に反して往路での夏生はごく言葉少なで、そこ足許気をつけろ。とか、メニュー唐揚げだけどそれでいいか?とか、ぽつぽつ思い出したようにときどき話しかけてくる程度。ここで喧嘩を売ろうという気はさすがにないらしい。
まあ考えてみればそうだよね。このあと、夏生のご両親も含めて四人で食卓を囲むっていうのに。
その前に気まずい雰囲気になっちゃえば、お父さんとお母さんにも伝わってしまうだろう。揉めそうな話があるとしたら、持ち出すタイミングは食後、送ってくれる帰り道だろうな。それは今から覚悟しておいた方がいい。
そうは言いつつもやっぱりわたしもどこかで、このところこいつを放っておきっぱなしだったのに若干の後ろめたさを感じていたのか。向こうがなるべく穏当な空気を保とうとしているのならそれに乗ろう、と話を合わせておきたい気分になる。
「唐揚げ、もちろんいいよ。大好きだし。てか、だったら早めに声かけてくれたら行ってお手伝いできたのにな。お母さん大変だったでしょ、お料理するの。鶏肉は捌いてあったやつ?」
集落では豚以外の肉が手に入るのは、基本的に卵や牛乳が採れなくなった廃用家畜からなので(あとは雄。数が限られてるから充分に肉が取れるまで大事に育ててありがたく頂く)、いつでも供給があるわけじゃない。平等に配給の順番待ちだ。
今回は前田家にその番が回ってきたってわけだ。前もって廃用鶏が出るかどうかは予測できないところもあるし、急に配給が決まったのなら仕方ないって言えばそうだけど。
「丸の鶏だったらお母さんには捌くの大変だったでしょ。わたしも慣れてはいないから上手くはないけど、お手伝いくらいはできたかも…。なんか、申し訳なかったかな。役に立てなくて」
体力のない夏生のお母さんを思いやると、奴は無愛想な無表情ながらはっきりと首を横に振ってみせた。
「それは大丈夫だ。配給された時点でしっかり捌かれて小分けにされてたよ。まあ、その方が複数の家庭に行き渡るもんな。丸々もらっても家族三人とか四人じゃ。どのみち一度に食べきれないし」
「それは。…そうだね。鶏ガラとか骨とか。何に使っていいかわかんないし、全部もらっても」
「いやそりゃ、ガラスープの出汁にするんじゃねーの普通?使わないなら多分食堂で引き取ってくれるだろ。ラーメンのスープに必要じゃん、絶対」
呆れたような口調で突っ込まれたけど、いつもみたいにだからお前は駄目なんだよ。全然頭使って考えてねぇじゃん?とか馬鹿にするような余計な付け足しが続かなかったので、この程度はまあ全然良し。と考えて流す。
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