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行きつけのバー
ここは本当に静かだ。地下にあるバーのカウンターでカクテルを飲みながらそう思った。
程よいクラシックと薄暗い照明。高そうな木のテーブルと少し足が高めの椅子。不愛想なマスターに大量の酒。
実に最適な場所だと思う。
ちびちび酒を飲んでいると、重そうな木製のドアが開く音がした。
「ごめん、待たせたかな」
白いフリルのようなものが付いたシャツに黒いベスト。薬指に金色の指輪。漆黒の髪に女のように白い肌。ぱっちりとした瞳に中世的な顔立ち。女の自分のほうが負けているのではないかと思えるくらい、美しく儚い造形をしていた。何か月か前、ここで知り合い交流を重ねていくうちに仲が深まった男。
私は笑顔で、そんなことないよと笑いかけた。男はテオという名を持つそれは私の隣に座り、いきなり度数の高い酒を頼んだ。
「大丈夫? いきなりそんな度数高いの」
「大丈夫、だと思う。それに、今日が最後だから」
どういうことかと問い詰めると、仕事で海外に行かなければならないらしく、もう帰ってこないという。恋人にそんな大事なことを内緒にするなんて、と怒るとすまなさそうに笑っていた。
「笑い事じゃない」
「ごめん、ごめん、怒る君も可愛くて。もしよかったら一緒に来る?」
「ん、あの話、ほらなんだっけ、前あなたが酔っぱらった時にしてた話をちゃんとしてくれるならいいよ」
「なんだその交換条件」
「しないならついていかない」
「何度も言うけど、俺の話しでもないんだけど? 」
慌ててそういう男を見て私は吹き出した。自分のことではないなら、なおさら話せるだろうと茶化すと、男はため息をついた。
「まあ、どうせ最後だからな。全部話してもいいか」
どこか遠くを見る目は、とても寂しそうだった。
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