過去

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「……荻原さんに新井さん。少し、お時間いただけますか」  残った宇沢さんは、静かに俺たちに向き直り、神妙な顔つきで聞いてくる。   「……はい」 「わ、分かりました!」  もはや俺たちに選択肢などなく、彼の言葉に頷く他なかった。 「……予め断っておきますが、コレは彼女の身を守るための応急処置です」 「あ、あの! それってどういう意味、ですか?」  新井は、恐る恐る問いかける。 「端的に言って、彼女は今、に曝されています」 「危険、ですか……」  俺が復唱すると、宇沢さんは黙って頷く。  そして、コホンと小さく咳払いする。 「ですが、ご安心下さい。今回のは言ってしまえば、緊急隔離のようなもの。知り合いの警察官僚に事情を説明した上で、僕の持ち得る限りの情報をリークさせていただきました。逮捕と言うと聞こえは悪いですが、身の安全は保障されますからね」 「……要するに、田沼さんを保護するために、令状を出すに足りる情報を警察組織に横流しして、彼女の身を拘束した、と」 「おっしゃる通り。表向きとは言え、あちらも三権分立の名のもと、行政の一端を担っているわけです。裁判所が発布した令状に対して、おいそれと妨害行為を働くわけにはいきませんから」 「じ、じゃあ、チサさんは一応は安全なんですよね?」 「はい。喫緊の危機は抜け出してはいるかと。とは言え飽くまで、ではありますが……」 「……48時間後には送検しなければなりませんからね」  俺が小さくそう溢すと、彼は決まりが悪そうに頷く。 「お察しの通り。検察は年始に行われた検事総長人事によって、完全に骨抜きにされてしまいました。捜査や起訴は、もはや時の政権の匙加減といったところでしょう。ですから恐らく……、そちらも動き出しているはずです」 「なるほど……。それで……、その危険というのは具体的に何なんすかね?」  俺がそう言うと、宇沢さんは目線を逸らす。 「率直に言います。政府は、彼女の存在を抹消しようと画策しています」 「……一応聞いておきますが、抹消とは?」 「言葉通りの意味、です。」  不意にそう言われた時、俺の心拍は露骨に早まった。  同時に、彼が極自然にお袋を引き合いに出したことに対して、腹の底で燻っていた感情が、静かに蠢くような感覚に襲われる。  やはり、彼は知っている。  気付けば、俺は彼の顔を睨みつけていた。 「あなたが、そんな顔をされるのも当然でしょう。まずはそこから話す必要がありそうですね……」 「……申し訳ありませんね。何分、『逮捕』だとか『検察』だとか言ったワードには敏感になってしまいましてね。まぁ、あなたがあの一件と関わりがあったというのは、何となく予想はしてましたけど」 「……心苦しい限りです。先日は無礼な対応をしてしまい、申し訳ありませんでした。よもや、荻原さんの息子さんだとは思いませんでしたので……。恐らく、彼女は僕に伝えなかったのでしょう」  宇沢さんはそう言って、小さく息を吐く。  彼のその様子を見て、俺は本能的に予感してしまう。  いよいよ、か。  彼女の真の目的、ひいては田沼 茅冴の正体について、俺たちは知ることになるのだろう。  俺は息を呑み、彼の続きの言葉を待った。 「彼女は……、田沼 茅冴は、元・厚生労働省のキャリア官僚で、僕の元上司に当たります。そして……、あなたのお母様が巻き込まれた事件のとなった一人です」
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