真相

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真相

 厚生労働省、社会・援護局、保護課・保護事業室、室長。  それが、7年前の彼女の正式な肩書だ。  当時、大学を卒業して間もない宇沢さんは、そんな彼女の直属の部下として配属される。  今でこそ、飄々と息をするように周囲に不穏を振りまく彼女だが、役人としての田沼 茅冴には、俺たちの知るはない。  宇沢さん曰く、エリート意識や金銭欲・出世欲とは無縁で、純粋な社会正義のために仕事をしていた、と言う。  社会・援護局を希望したのも、生活保護や各種セーフティーネットを拡充し、『何度失敗してもやり直せる社会』をつくり上げたいという、予てからの目標があったからのようだ。  そんな、良く言えば官僚の鑑、悪く言えばエゴイスト。  ともすれば、独断専行で周囲を巻き込みかねない彼女への評価は、局内でも分かれた。  ところがある時、彼女を評価していた審議官の一人が、局長に引き上げられたことで、ターニングポイントを迎える。  係長、課長補佐、企画官と異例のスピードで昇進し、遂には歴代最年少で室長にまで上り詰める。  そして気付けば、将来の事務次官候補の筆頭となり、名実ともに『省内随一の有望株』のポジションを不動のものとした。 「そう、だったんだ……。チサさんって。でも、何でそんな人が辞めたんだろ? 何かすごいビジョンもあったみたいだし、一応、ホープ? 的な感じだったんですよね?」  彼女の過去を聞いた新井は、当然の疑問を呈する。 「はい。実際、彼女の名は省内だけでなく、他省庁や有力議員の間でも評判になっていましたから。それと……、正確に言えば、彼女はまだ辞めてはいません。彼女の籍は、未だ厚労本省にあります」 「へ? そうなんですか?」 「えぇ」 「……なるほど。要するに諸々の責任を押し付けられて、詰め腹を切らされた、と。そんでもって、この会社へやって来たのも出向の名を借りた、事実上の左遷みたいなモンですかね?」 「まさにおっしゃる通りです。株式会社の『代表取締役』を名乗ってはいますが、それは飽くまで通称。ココはに沿って設立された、厚労省所管の歴とした独立行政法人です。言ってしまえば、彼女は何の権限も議決権も与えられていない、期間限定の雇われ店長のようなもの……」 「やっぱり、そういうことですか……。んだよ。適当なことばっか言いやがって……。何が『政府とは利害が一致』だよ」 「荻原さんは……、ここまで聞いて、彼女のことをどう思いますか」  そう、問いかける彼の視線は、どこか後ろ暗い何かを孕んでいるようにも見えた。 「……それを今聞きますか。まぁざっと聞いた限りでは、まだ何とも。ただどうにも、出来過ぎてるというか……。作為的なものを感じざるを得ない、としか」 「あなたがそう思うのも当然でしょう。事実、これは仕組まれていたことなのですから……」  宇沢さんはそう言って、話を続ける。  彼が入省してから、半年が経った頃。  課内で、の福祉課への研修を兼ねての出向話が持ち上がる。  候補として挙がったのは、入省間もない宇沢さんと、彼女の直属の部下の一人である、雨宮 寿澄(あめみや すすむ)室長補佐だったと言う。  聞き捨てならなかった。  雨宮 寿澄。  他でもない、お袋が巻き込まれた事件の被害者となった、福祉課の職員だ。  ここまでの話を聞いて、ここ数ヶ月の違和感と、俺やお袋が辛酸を舐めた7年間が点と点で繋がり、線となる。 「局内での協議の結果、最終的に雨宮室長補佐が選ばれました。何でも、本人から彼女に『強い要望』があったらしく、彼女は止むに止まれず推薦を出してしまったようです。思えばそれが……、全ての始まりでした」  動揺が顔に出ていたのか。  もしくは『腑に落ちた』表情になっていたのか。  宇沢さんは、俺が聞くよりも先に口を開き、核心的なことを話す。 「そうでしたか……。ようやく、話が繋がりました」  俺が絞り出すようにそう溢すと、彼はまた口惜しい顔をする。   「……荻原さんは間違いなく、受給基準を満たしていました。しかし、当時の福祉課のは資産要件で難癖を付け、荻原さんを不承認にしてしまったのです」 「そんなこと……、今更言われても困ります」 「でしょうね……。ですが、それだけではありません。結果として、世論に付け入る隙も与えてしまいました」 「……まぁ確かに、『生活保護を断られた腹いせに……』なんて、ストーリーとしては完璧ですからね。何も知らない第三者が聞けば、納得しない方が難しいでしょう」  自嘲気味に俺が言うと、宇沢さんは更にその顔色を曇らせる。  しかし彼女の昇進から、生活保護の不承認、事件までの一連の流れが全て政府の筋書き通りだったすると、また新しい疑問も出てくる。  事件の真相を表に出したくない、というのはよく分かる。  だが、これは俺が田沼さんと出会う以前からの問題だ。  であれば、どうして俺たちが選ばれたのか。  何故、そこまでして俺たちに執着するのか。  田沼さんが隠していたことも併せると、どうしても良い方向へは考えられそうにない。    ……どの道、今は話を先に進める他ない。  もちろん、身分を偽って俺たちに近付き、『きな臭い計画』に巻き込もうとした彼女に対して、言いたいことがないでもないが。
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