真相

3/3
前へ
/176ページ
次へ
「えっと……、未来志向の、属性分布、的な?」  新井が直訳すると、宇沢さんは頷き、補足するかのように話し出す。 「……プロジェクト『FAD』。それは現状の歪な人口構成を是正し、社会全体の持続可能性を飛躍的に向上させ、人々のを構築するための長期計画となります」 「なんかそれだけ聞くと、良さげな感じするけど……」  新井はそう言うが、俺はどうにも嫌な胸騒ぎがしてならなかった。  そんな俺を見透かすように、宇沢さんはちらりと視線を向けてくる。 「……新井さんのおっしゃる通り、表向きの理念は耳障り良く聞こえるかもしれません。つまるところ、社会にとっての人口構造を模索することで、国民一人ひとりの負担を軽減し、生産性を向上させていくことが目的なのですから。事実、この計画が実現されることで、恩恵を受ける層も一定数存在するでしょう。ですが……、問題はその手段にある」 「しゅ、手段、というのは?」  新井はゴクリと息を呑んで、問いかける。 「端的に言えば、積極的安楽死の合法化。それも、既存の合法国のソレとは大きくかけ離れた、を設けた上での運用です」 「……独自の基準、ですか?」 「はい。具体的には年少人口、生産年齢人口、老年人口といった各セグメントごとに、収支・性別・容姿・職業などの属性を細分化した上でスコアリングし、をクリアした者に対してその認可が与えられる、という建付けになっています」 「は? ちょっと待って下さい! それって……」  大方の事情を察し、俺は思わず身を乗り出してしまう。   「……お察しの通り。推定潜在境遇ポイントは、その計画の前段としてつくられたシステム。『鑑定』や『提供』も、それを見越した壮大な社会実験においての一過程です」 「あ、あのっ! てことは、ですよ!? チサさんたちが言ってる『持たざる者』が、主にその対象になる……ってことですか?」  新井が恐る恐る問いかけると、宇沢さんは静かに頷いた。 「まさにその通り。対になる境遇エリアで言うところの下位帯に属する人間に対して、そのが付与される、ということです」 「……何すか、それ。一度落ちた人間には生きる資格がない、とでも言いた気ですね」 「……義務でなく、です。最後に決めるのは、飽くまで自分自身。そもそも、この『FAD』自体が極秘のプログラム。政府の表向きの言い分としては、『人生においての新しいを、国民一人ひとりに提示すること』なんですから」 「白々しいことを……。んなこと言って、どうせ追い込むつもりなんでしょうが。『理想を構築する』だとか大層なこと抜かしておいて、おかしなシステムを導入しようとしている連中だ。世論工作なんて、お手のモンだろうが……」  吐き捨てるように俺が言うと、宇沢さんの表情は一層険しくなる。 「……否定はしません。官僚機構の入れ替わりがない我が国では、政権交代などあってないようなもの。人員の刷新がない組織は徐々に腐敗し、正論が通りにくくなる。やがて、一部の層にとって都合の良い歪曲された事実だけが浸透し、それが物事を判断する上での羅針盤となっていく……。そうして、この国は長期に渡って衰退してきました。貧困問題、少子高齢化、地域・教育格差……。彼らは、己が数十年の失政を国民に転嫁し、そのを払わせようとしているのです」  『ツケを払う』などと、彼は偉く簡単に言ってくれるが、こんなものはタダの棄民だ。  問題そのものに蓋をし、議論を封殺しようとしているだけに過ぎない。  彼の言う、『腐敗した組織』の最たる被害者である俺や新井が、この悍しく欺瞞に満ちた計画にある種加担していたなど、皮肉もいいところだ。   「……まぁ要するに、『貧困を撲滅すれば、貧困も撲滅できる』みたいな話ですか? アホらしい……。選民思想丸出しじゃねぇか」  俺が言うと、宇沢さんは苦渋の表情で首を縦に振る。 「そうですね……。身も蓋もないですが、これは政府による人口削減計画と言っていいでしょう。『不幸』などと安直な言葉でパッケージングしておいて、その実彼らは区分けしていただけに過ぎません。そういった、いわゆる『持たざる者』は、社会の歪みに気付いてしまう恐れがあります。だからこそ、が必要になる……」 「……それで『不幸の再分配』、ですか? まぁ確かに……、対立構図の中でいがみ合っている内は、問題の本質になんて気付きませんからね」  俺が皮肉を込めて言うと、宇沢さんはコクリと頷いた。 「おっしゃる通り。『鑑定』も『提供』も、言わば推定潜在境遇ポイントではカバーし切れない不幸を洗い出し、に繋げていく作業。そうして不幸が伝播していけば、そのスパイラルは時を追うごとに肥大化し、社会全体の空気も殺伐としたものになっていく……。そんなある種のディストピアこそ、彼らにとってのと言えるのかもしれません」   「……まぁロジックとしては分かりますけど。ただ……、それにしても少し稚拙過ぎませんかね? 第一、国連憲章にも反しているはずだ。素朴な疑問なんですが、政府や官僚の中に反対する人はいなかったんですか?」  俺がそう聞くと、宇沢さんは何故か深く息を吐いた。  そして少しの沈黙を経て、ゆっくりと口を開く。 「……もちろん。官僚機構とて一枚岩ではありませんからね。厚労省内部には、身体を張って反発する人間もいました。その、代表格こそが……、荻原 汰維志(たいし)、当時の社会・援護局、総務課長……、そう。あなたのお父様です」
/176ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加