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「えっと……、未来志向の、属性分布、的な?」
新井が直訳すると、宇沢さんは頷き、補足するかのように話し出す。
「……プロジェクト『FAD』。それは現状の歪な人口構成を是正し、社会全体の持続可能性を飛躍的に向上させ、人々の理想を構築するための長期計画となります」
「なんかそれだけ聞くと、良さげな感じするけど……」
新井はそう言うが、俺はどうにも嫌な胸騒ぎがしてならなかった。
そんな俺を見透かすように、宇沢さんはちらりと視線を向けてくる。
「……新井さんのおっしゃる通り、表向きの理念は耳障り良く聞こえるかもしれません。つまるところ、社会にとっての最適な人口構造を模索することで、国民一人ひとりの負担を軽減し、生産性を向上させていくことが目的なのですから。事実、この計画が実現されることで、恩恵を受ける層も一定数存在するでしょう。ですが……、問題はその手段にある」
「しゅ、手段、というのは?」
新井はゴクリと息を呑んで、問いかける。
「端的に言えば、積極的安楽死の合法化。それも、既存の合法国のソレとは大きくかけ離れた、独自の基準を設けた上での運用です」
「……独自の基準、ですか?」
「はい。具体的には年少人口、生産年齢人口、老年人口といった各セグメントごとに、収支・性別・容姿・職業などの属性を細分化した上でスコアリングし、一定基準をクリアした者に対してその認可が与えられる、という建付けになっています」
「は? ちょっと待って下さい! それって……」
大方の事情を察し、俺は思わず身を乗り出してしまう。
「……お察しの通り。推定潜在境遇ポイントは、その計画の前段としてつくられたシステム。『鑑定』や『提供』も、それを見越した壮大な社会実験においての一過程です」
「あ、あのっ! てことは、ですよ!? チサさんたちが言ってる『持たざる者』が、主にその対象になる……ってことですか?」
新井が恐る恐る問いかけると、宇沢さんは静かに頷いた。
「まさにその通り。対になる境遇エリアで言うところの下位帯に属する人間に対して、その権利が付与される、ということです」
「……何すか、それ。一度落ちた人間には生きる資格がない、とでも言いた気ですね」
「……義務でなく、権利です。最後に決めるのは、飽くまで自分自身。そもそも、この『FAD』自体が極秘のプログラム。政府の表向きの言い分としては、『人生においての新しい選択肢を、国民一人ひとりに提示すること』なんですから」
「白々しいことを……。んなこと言って、どうせ追い込むつもりなんでしょうが。『理想を構築する』だとか大層なこと抜かしておいて、おかしなシステムを導入しようとしている連中だ。その種の世論工作なんて、お手のモンだろうが……」
吐き捨てるように俺が言うと、宇沢さんの表情は一層険しくなる。
「……否定はしません。官僚機構の入れ替わりがない我が国では、政権交代などあってないようなもの。人員の刷新がない組織は徐々に腐敗し、正論が通りにくくなる。やがて、一部の層にとって都合の良い歪曲された事実だけが浸透し、それが物事を判断する上での羅針盤となっていく……。そうして、この国は長期に渡って衰退してきました。貧困問題、少子高齢化、地域・教育格差……。彼らは、己が数十年の失政を国民に転嫁し、そのツケを払わせようとしているのです」
『ツケを払う』などと、彼は偉く簡単に言ってくれるが、こんなものはタダの棄民だ。
問題そのものに蓋をし、議論を封殺しようとしているだけに過ぎない。
彼の言う、『腐敗した組織』の最たる被害者である俺や新井が、この悍しく欺瞞に満ちた計画にある種加担していたなど、皮肉もいいところだ。
「……まぁ要するに、『貧困層を撲滅すれば、貧困も撲滅できる』みたいな話ですか? アホらしい……。選民思想丸出しじゃねぇか」
俺が言うと、宇沢さんは苦渋の表情で首を縦に振る。
「そうですね……。身も蓋もないですが、これは政府による人口削減計画と言っていいでしょう。『不幸』などと安直な言葉でパッケージングしておいて、その実彼らは区分けしていただけに過ぎません。そういった、いわゆる『持たざる者』は、社会の歪みに気付いてしまう恐れがあります。だからこそ、目くらましが必要になる……」
「……それで『不幸の再分配』、ですか? まぁ確かに……、対立構図の中でいがみ合っている内は、問題の本質になんて気付きませんからね」
俺が皮肉を込めて言うと、宇沢さんはコクリと頷いた。
「おっしゃる通り。『鑑定』も『提供』も、言わば推定潜在境遇ポイントではカバーし切れない不幸を洗い出し、次の不幸に繋げていく作業。そうして不幸が伝播していけば、そのスパイラルは時を追うごとに肥大化し、社会全体の空気も殺伐としたものになっていく……。そんなある種のディストピアこそ、彼らにとっての盤石な体制と言えるのかもしれません」
「……まぁロジックとしては分かりますけど。ただ……、それにしても少し稚拙過ぎませんかね? 第一、国連憲章にも反しているはずだ。素朴な疑問なんですが、政府や官僚の中に反対する人はいなかったんですか?」
俺がそう聞くと、宇沢さんは何故か深く息を吐いた。
そして少しの沈黙を経て、ゆっくりと口を開く。
「……もちろん。官僚機構とて一枚岩ではありませんからね。厚労省内部には、身体を張って反発する人間もいました。その、代表格こそが……、荻原 汰維志、当時の社会・援護局、総務課長……、そう。あなたのお父様です」
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