諦観

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「はい。じゃあ今日はここまで! 来週、小テストあるからな〜。成績優秀者はそうだな〜。ご褒美に先生とサシ飲みだ!」  神戸は不穏な一言を残し、意気揚々と教室を去っていく。  どうやら次週の小テストは、点数の調整が必要になりそうだ。  相変わらず、大学講師とは思えない距離の詰め方だ。  それにしても今後のことを考えると、憂鬱になる。  冷静に考えて、居酒屋バイト後の工場夜勤など正気の沙汰ではない。  時折やっているとは言え、こういった無茶なスケジューリングは今後の生活の持続可能性に支障が出るので、極力避けたいところではある。  俺は先行きを憂いつつ、深く息を吐いた。  するとその瞬間、俺の左肩辺りに鋭いが当たる。 「な〜に、ため息吐いてんのさ。若いのに」  チクリとした感触のする方を向くと、隣りの女が俺の左肩にペン先を当て得意げな顔をしていた。 「……そりゃあ、これから労働の時間だからな。楽しみ過ぎて、ため息の一つや二つ吐きたくなるだろ」 「あぁ。これからバイト2つあるんだっけね。そういや、もう一個何のバイトしてんの?」 「食品工場の夜勤。派遣だけどな」 「は!? 夜勤!? マジで言ってんの? いつ寝んのさ?」 「寝ない」 「……アンタ、いつもそんなことしてんの?」  隣りの女は心配そうに俺を見つめてくる。  この女も他人を慮れるのかと、俺は妙な種類の感傷に浸ってしまった。 「……まぁ偶に、な。そう頻繁にはやらねぇよ」 「そ、そうなんだ。なんかアンタ、大変だね」 「……まぁ、そういうわけだから。じゃあな」 「ちょ、ちょっと待ったっ!」  席を立とうとすると、突如彼女は俺が着ているシャツの裾を引っ張り、行く手を阻む。 「……んだよ」 「アンタさ。この後、少し時間ある? 一緒に来て欲しいところがあんだけど」 「いや、だから……。話、聞いてた? これから」 「お願いっ! 少しでいいの! バイト始まるまでの間でいいから!」  俺の返答を食い気味に遮ると、彼女は縋るような瞳で見つめてくる。  そのどこか尋常ではない雰囲気に、俺は何故か抗うことが出来なかった。
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