幸福

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 彼女にそう言われた直後、俺は二の句が継げなかった。  というより、率直に言って動揺してしまった。 「あれ? 意外だった?」  新井は、からかうような笑みで言う。 「別に……。意外とかじゃねぇよ」 「父親はアタシが小さい頃に離婚したらしくてさ。顔も知らない。そんで母親ってのもまぁまぁな感じでね……。まぁ詳しくは話さないけどさ! だからアンタが貧乏って聞いて、他人事とは思えなくて……」 「そうか……」 「さっきはさ。勝手なこと言っちゃってごめん……。でもアンタみたいなの見てると、もったいないって思っちゃうんだよね。だってアンタ、頑張ってんじゃん! 毎日、バイトとか勉強とか、さ。周りは皆、遊んでんのに」  不意にそう言われた瞬間、胸の奥底からじんわりとした何かが込み上がってくる感覚に襲われる。  それこそ、今までに体験したことのないものだった。  脈も露骨に早くなり、軽くパニックに近い状態に陥りそうになった。 「俺の、何を知ってるってんだよ……」  俺は誤魔化すように吐き捨てる。 「何も知らない。ただ、のっぴきならない事情? てーの? そのくらいは分かるよ」  新井はそう言って、はにかむように笑った。  やはり俺は彼女のことを、少し誤解していたようだ。 「……俺も悪かったよ。何も知らずに、遊んでそうとか言って」 「あぁアレ? 別に気にしてないし。むしろ、遊んでそうに見られたくてやってたみたいな部分もあったしね。ホラ! 形から入る、的な?」 「……何だかよく分からんが。……まぁお詫びっつーわけでもないけど、分かったよ。とりあえずはお前の言う通りにする。でもこれだけは教えてくれ! そのチサさん? って人は本当に大丈夫なんだよな? イロイロな意味で」  俺が聞くと、新井は急速に顔色を変え、どことなくバツの悪そうな態度になる。 「え、えーっと、うーん……、ぶっちゃけ変わった人、ではあるかな? 何考えてるか分かんないし……。でもね! ちゃんと話してみると、結構納得できる部分もあるんだよね。目から鱗? っていうかさ!」 「……大丈夫かよ、それ。今んとこ、インチキカルトの話にしか聞こえねぇんだけど」 「たぶんだけど、アタシがここでいくら説明してもピンと来ないと思う。まぁ詳しくは後で話すけどさ。アタシ、チサさんに借りがあるんよ。だからこうやってアンタを誘ってきたのは、ある意味で交換条件的な? つーことで、今アンタに帰られると個人的にスゴーーーく困るワケなんですよ、はい!」 「嫌な予感しかしない……。でもまぁ、分かったよ……。ただな! 怪しいと感じたら即座に帰るからな!」 「うんっ! よろしく!」  新井は屈託のない笑みで応えた。  俺は今日何度目かも分からないため息を吐きつつ、彼女の後を追った。
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