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 5)  「困ったことになったねぇ」  畠山教頭が力なく溜め息をついた。  細面の神経質そうな男で、あと数回溜め息をつけば魂が抜けるのではといった様子である。  職員室に隣接する小部屋で、小渕沢と畠山教頭は向かい合って座っていた。  来客を通したり、ちょっとした打ち合わせを行う多目的な場所だ。  (どこで間違えた──?)  小渕沢は、拳を握り締めて自問を繰り返す。  いじめの証拠を見つけたと思ったのだ。  だから、あの場で学年主任の及川を呼んだ。  あれが手紙ではなかったとは……。  (フン。紛らわしい)  しかも、都合の悪い事実も公になってしまった。  伊藤 葵の母親に、注意喚起の連絡をしたことである。  あれで話がより複雑になった。  「報告は明日聞くから。  とにかく面倒は困るからね」  丸顔の坂下校長は、そう言って部屋を出ていった。  教育長との先約があるということだが、怪しいものだった。  既に二十時に近く、運動場に面する窓からは暗闇ばかりが迫る。  「この度は大変申し訳なく……しかし教頭」  「この期に及んで言い訳かね?」  「いえ。手紙ではなくても、文章を写させていたのは事実でして」  そうだ。  手紙か手紙でないかという問題だけに惑わされてはいけない。  小渕沢は多少落ち着きを取り戻した。  千乃と葵。  二人の間に、力関係は確実に存在するのだから。
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