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第三話 沙耶香(公務員)の話
公務員として働く私(真北 沙耶香、28歳)は、今日も帰り道でスマホ片手にスクロールを繰り返していた。
私が見ていたのは“マッチングアプリ”。
少し世代が上の人から見たら「出会い系でしょ?」とか言われる誤解を招きやすいもの。
昔は援交だの美人局だのに悪用されたせいか、その世代の人からは出会い系の印象はすこぶる悪い。もちろんウチの両親も例外ではない。
でも、これがまた面白いの何のって。
え~! こんなカッコ良くて優良物件な人ホントにいるの!?
的な――。
社会人になってからホントに良い出会いに恵まれなかった私。
以前付き合ってた彼氏は、ニ年前に浮気が発覚したので即着信拒否して連絡手段も全ブロックして、貰ったもの全部フリマアプリで処分して家まで引っ越し、私の中からそいつの存在ごと抹消処分した――。
そんなある日の夜。
高校の同級生達との女子会で民間企業に勤める友達が。
「今彼とはマッチングアプリで知り合ったんだよ!」
私が「そうなの?」と意外そうな反応をしたら、その子は「はい!」と言って彼氏の写真を自慢げに見せて来た。
「……えぇ!? 普通にかっこいいじゃん!!」
「でしょ? けっこうウチの職場でも使ってる子多いよ! 何個も掛け持ちしてる猛者もいるし、彼氏いるのに使ってる子もいるし!」
「へ、へぇ~」
「沙耶香もビビってないでやってみたら良いじゃん! あんたけっこうモテると思うよ~!」
「そ、そうかなぁ……――」
そんな話を聞いてから、後日に私は少しだけ怖さがありつつも、友達からオススメのアプリを紹介されて興味本位で始めてみた――。
マッチングアプリ内では、自分のプロフィールを入力するだけで、勝手に“自分と相性が良さそうな相手”を探し出してくれる。
任意で自分の写真を載せることが出来るけど、これを載せるか載せないかで、男性からのアプローチに雲泥の差が出る。
確かに逆の立場になってみれば、顔が分かるかどうかで『可愛い! 口説きたい!』という感情は大きく左右される。
女側からしてみても、ただ写真がないプロフだけ見たところで何か不安になるし、やっぱりどうせなら『イケメンと出会いたい!』と思うのは当然のこと。
とりあえず私も必要最低限の項目を入力し終え、いざ自分の写真をアップしようと過去の写真を探ってみたが、イマイチ納得いくものがなかったので改めて撮影を試みてみる。
あ~違うな、角度悪い。
ん~、もっとまつ毛盛ればよかったかな。
よし……いや、顎のラインがマジで気に入らねぇ。
カラコン入れて瞳デカくするか……いや、パチモンは駄目だ。
いや~、マジで大学生の時の髪色に今だけ戻したい。
惜しい、ちと照明が――。
悪戦苦闘すること約15分。
ようやく納得できる写真を撮った私は、結局ナチュラルな感じに収まったものをアップした。
アプリ内では他の女性も見れるけど、『これ盛りすぎだろ』と思える人もやっぱり何人かいる。
写真加工アプリ使ってるんだろうけど、瞳が大きすぎて逆に怖いし、そもそも実物とかけ離れすぎちゃイカンのやない? それだとリアルでマッチしたとき、絶対相手を幻滅させちゃうでしょ。
大学生の時に同じ学部の子で、スマホ写真は『可憐なウサギ』だけど実物が『普通のボスザル』だった子がいた。
正直な話、女はブサイクに生まれると結構“人生詰み”的な風に思われがちだが、それでも色んな試行錯誤と努力を積み重ねて可愛くなった子はたくさんいる。
それに、どんなに綺麗な女性でも無愛想なら“愛嬌のあるブス”の方が私は断然いいと思う。
だから写真加工アプリは“努力しなくても写真を盛れる楽なチート”に思えて、私はあんま好きじゃない。
プリクラのモード選択でも盛り系に賛成出来なくて、友達と一回謎にガチで言い争いになった苦い記憶もある――。
そんなこんなで、仕事を終えるとアプリに毎日男性からのメッセージがたくさん届いてたりする。
写真を載せたのが功を奏したのか、メッセージの受信トレイに結構な勢いで入っているのを見ると、ぶっちゃけビビる。
中には『いくらで会えますか』などという瞬殺な奴もいるけど、真面目に私のプロフを読んで『自分もアニメの〇〇大好きです!』というメッセージをくれる人もいた。
ふと気になってその人のプロフを覗いてみる。この瞬間がまぁまぁなドキドキもの。
お~、顔は塩系イケメンでIT企業勤め。収入も申し分ない!
アニメ好きな趣味はもちろん合うし、猫好き、映画好き、スイーツ好きといった感じで、さすがはマッチングアプリといったところ。
早速、私からも「メッセージありがとう(^^)」という返事を返すところから始めたら、やり取りが楽しくて時間を忘れそうになってしまった。
ここでよく来るのが「個別のチャットで話さない?」というお誘い。何回かは他の男性とやり取りを経験してるけど、これの誘いが早い男は“何かガッついてて嫌”みたいな感覚に陥ってしまう。もちろん、そういうのは断ってきた。
でも、今回の男性はそんなことはなく、“親密になるまで個別の連絡先は交換しない”という紳士な姿勢が伝わってくる。アプリ内でも彼は『また明日お話出来たら嬉しいな! おやすみなさい』という余裕っぷり。
この時、すでに私の中では“会ったらどんな人なんだろう”と意識し始めており、とっくに心の警戒心は解けていた――。
その後。
彼とは順調にやり取りを重ね、無事に個別の連絡先も交換した。彼からランチに誘ってもらえたので、快く休みの日に都合を合わせて承諾。
ディナーじゃなくて“ランチ”ってところがまたいい。よく分かってるわ――。
久しぶりに男性とランチデート。
丈の短めなワンピにジャケットを羽織り、化粧も年相応の落ち着いた感じに仕上げて来た私。
待ち合わせ場所で待ってる間の緊張感がハンパねぇ。
年齢は四つ歳上と、少し離れてるけど全然許容範囲。むしろ色んなお洒落な店とか知ってそうで、期待に胸が高まって仕方ないんですよ。
でも、あんま期待し過ぎも良くない。最初から飛ばされちゃうと後は減速していく一方で萎えるから、最初はジャブ程度でも全く問題ない。
「あ……ユーリさん?」
突如――アプリ内の偽名(好きなアニメキャラの名前)で呼ばれた私がハッと振り返る。
「……あ、はい! こ、こんにちは~!」
目の前には、高身長で顔も写真そのままなリクさん(同じアニメキャラの名前)が微笑んで立っていた。
「こんにちは……リクです。何か……あ、改めて会うと恥ずかしいですね」
と、照れくさそうに笑う笑顔が素敵な32歳のリクさん。
くぁ~、シビレました!!
マッチングアプリ万歳!!
出会った瞬間から心中が歓喜の渦に巻かれた私が「ホントですよね~! でもリクさんが写真より全然カッコ良くてビックリしました~!」とお世辞めいたことを返す。
すると、彼も「いやいや、ユーリさんもお綺麗で会えて嬉しかったです」と言いながら軽く会釈してきた。
服装は全体的にブラウン系でまとまっており、シックな雰囲気を醸し出しつつも、腕時計はそれなりのブランド物をつけていてセンスが良い。
これは始めてマッチした相手でもうアプリは用済みかな?
そんなことを予見させるほど、リクさんには好印象が持てた――が。
「そしたら、あっちに車停めてあるから、ここで待ってて貰ってもいいかな?」
ん?
「あ……はい、わかりました!」
彼が小走りにその場を去ると、私は少しだけ首を傾げた。
え、車なの? 予約してると思われる店から最寄りの駅選んだはずなのに、車なんて乗るん? さすがに初対面の男の車乗るのは、ちと怖いな……。
そう思いつつも、高回転なエンジン音を刻んで眼前に乗り付けられた“真っ赤なスポーツカー”に秒で見惚れる私。その車の窓からリクさんが私を呼んだ。
「ごめん、席少しだけ狭いけど隣座って!」
「お……お邪魔しま~す――」
ふぁ~この車、動画配信で荒稼ぎしてる人が乗り回してた奴やんけ……え、プロフに記載されてた収入でこんな車買えるの? もしかして……年収低く書いてたとか!? そんなパターンあるの!?
「え、めっちゃ緊張するんですけど!」
「そう? こういう車乗るの始めてだった?」
「はい! 走ってるのを見かけることはあったんですけど、乗るのは始めてで――」
といった感じで高揚し過ぎて、デートの初手に車で来た彼に対する不安はどこへやら。
私達は車に乗ったまま都内を走りながら、車内での話はこれから行くお店がどこなのかに切り替わる。
「そういえば、実はまだ店とか予約してなくてさ」
「あ、そうだったんですね! 私は全然どこでも大丈夫ですよ!」
まさかの店予約してなかったパターン。でも、リクさんなら“穴場のお店”とか知ってそう。
「じゃあ、イタリアンと和食だったらどっちがいい?」
いきなり渋滞にハマって自慢の高回転スポーツカーの速度が地味に徒歩以下となってるのは置いといて、リクさんの質問の仕方が秀逸。
下手に「何か食べたいものある?」と漠然とした聞き方をするのではなく、簡単な選択肢を出される方が答えやすいもの。
「え~と……じゃあイタリアンで!」
食べ方を見られる和食は出来るだけ回避しておきたい。育ちが一瞬にしてモロバレる。淑女教育でも受けてれば話は別だけど……。
「イタリアンね! それなら良い店知ってるよ!」
「え~楽しみ~! ――」
その後のリクさんとは、メッセージでやり取りしていた内容をネタに話が盛り上がった。変に車の自慢をすることもなく、私がする話も彼は心地の良い相槌を打ってくれるから安心して話せた。
はぁ……彼に対するトキメキが止まらない。
もうこのまま羽目外しちゃって、夜までお酒とか飲んで付き合っちゃってもいいかなぁ~――。
それから少し経ち。
助手席で夢見心地に浸りながら座っていると、車が大衆ファミレスのある交差点に差し掛かる。
そして、リクさんがウィンカーを出した途端――高級スポーツカーはブォンッという音を立てて“大衆ファミレスの駐車場”へ侵入し始めた。
2秒だけ呼吸停止したけど『リクさんに限ってここはあり得ないでしょ』と当然のように思った私は、すぐ息を吹き返した。
彼がここに入った理由として考えられる、パッと思い浮かんだ候補は3つ。
1.道を間違えて方向転換したい。
2.トイレ借りたい。
3.店のオーナーとして挨拶したい。
1はちょっとカッコ悪いけど、普通にあり得るミス。
2は『コンビニのトイレ使いたくない』的な感じでアリ。
3は正直一番微妙だけど、リクさんならワンチャンあるかも知れない程度。
そうなると現実的に1か2のどっちかになるのかな?
すると、ハンドルを回しながらバッグで駐車し始めたリクさんが、苦笑いしながらその口を開いた。
「けっこう混んでたね~、やっと着いたよ」
正解は4。
123を匂わせといて大衆ファミレスでランチすることになったら私がどんな反応するか見てみたい。
でした。
え、絶対そうだよね!? これ私が“試されてる的なノリ”ってことでいいんだよね!?
とはいえ、ここへ来る前に「どこでも大丈夫」と言ってしまった手前もあるから拒否権なんかないし、仮に断ったら“もっと良いとこ行きたいアピール”みたいになるのも嫌だった。
「そ、そうだね~。やっぱ休日だからかな……ははは」
なんて当たり障りない返しをした私がシートベルトを外すのに躊躇っていると、リクさんは「多分ね~」と軽く受け流しつつ、エンジンを停止してベルトを外した。
……ちょっと待って嘘でしょ。まさか本気でここでランチするつもりなの!?
え、一体どこまで私を試そうとしてるワケ!?
そう戸惑っているうちに車から降りてしまった私に、駐車場にいる一般客から視線が集まる。
ってそりゃそうでしょ。
どう考えても大衆ファミレスの駐車場に場違いな高級車が停められたら、誰でも『何あれ?』って感じの目で見るから。
そこへ、リクさんがスマートキーのボタンを押したら、“キュイキュイッ”みたいな機械音と共にハザードが点滅して車がロックされた。
その音で周囲から余計注目されたのが、すごい恥ずかしかった――。
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