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僕は考える。
鰻のことを、考える。
少し考え、呼吸をした。
――まだ暑い。
つまりまだ雑念が残っている。
更に深く考えた。
鰻のことを、深く。
呼吸をする。
鰻のことしか頭に残らない。
考える。
芳ばしい鰻の香り。
まるで逢い引き前夜の眠れぬ想いに沿って塗り潰された孤独の輪郭。
更に思う。
染み入るタレの深み。
あるいは歴史的な名画に彩られ異彩を放つ優美な色彩感覚のよう。
思う。
柔らかくも存在感のある、ふくよかな身の艷やかさ。
おそらく風光明媚な景観に揺蕩う春の陽射しに煽られた敷き布団のたおやかな質感がうんぬんかんぬん。
僕は鰻のことを考える。
それだけを考える。
すると鰻以外の背景は綺麗に全て色を失くしていき、このわけのわからない暑さも、少しだけマシになった気がした。
そして暫くすると、僕の生きる目的の全ては今日、鰻を食べることに収束されるのではないかとすら思えてくる。
つまり、僕は鰻を食べたい。
狂おしいほどに。
しかし問題があった。
どう考えても頭にちらつく。
――鰻は、高いのだ。
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