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「……? これ、かい?」
霞屋にあるこの画にも文字は隠されていた。愛によく似た──愛とは読めない文字が。
ひさは畳に手をついてその文字に顔を近づける。
……一。それも愛に似ていたが、心のかわりにあるのは"目"ではなく、漢数字の"一"に見えた。
「……野良、」
螢雪に確認を取られるまでもない。ひさは首を横に振り、この字ではない、と紫陽に伝える。
そして畳に指で字を書き、自分のところにあった字について説明する。紫陽は眉根を寄せた。
「そりゃ気味が悪いね。愛、の心が目に変わってるなんて。まるで心の中を見張られてるみたいだ」
「呪いだと思うか」
「さあね。まさか、愛と目をかけた洒落でもないだろうけど」
──この画はどんな経路をたどっておとうさんのもとへきたのだろう。ふとひさは思った。
霞屋の主人とおなじように放浪の絵師の世話をして、その見返りにもらった?
それとも……
「……さっき、おまえは『画をだれかにやってしまうかもしれない』と云ったな」
掛け軸を見下ろしながら螢雪はつぶやく。
「おまえの云うとおり、施しを受けた絵師が相手を恨んで画を描くのは不自然だ。道理に合わない。
だが、その絵師が『あなたの願いが叶うように願いを込めました』などと云って渡したらどうだ。その願いが、だれかの不幸だったらどうだ。
絵師が込めた感謝の念を自らの恨みで上書きし、憎い相手に渡したとは考えられないか」
「霞屋が無事なのは絵師から直接画をもらったからってわけかい。
……詳しい経緯についてはもう一度親父を問いつめてみるけれど」
──もし、そうだとしたら。
「この画を贈られた、本来の相手。
それと被害者たちを恨んでいた人物が重なれば──謎は氷解する」
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