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【おまけ】美顔水とは
※本編後
縁側で今日の分の『月歌美人』を読んでいるとこつんと頭の上になにかが載せられた。
手に取ってみると青い小瓶に『美顔水』と書かれた紙が貼られている。にきび、あせも、などと横に書かれているのを見ると化粧水らしい。
ひさは首を傾げ、いつの間にか横にきていた螢雪の顔を見上げる。螢雪は仏頂面で「石丸が寄こした」と云った。
「母親用に買ったら店主に気に入られておまけでもらったそうだ。俺が持ってても仕方ないから、やる」
『顔に塗るんですね』
「手にも使えるだろう」
『こんな高そうなもの』硝子製の瓶は海のように青くてきれいだ。両手で持ちながら、『手に使ったらもったいないです』とひさは答える。
「……そんなこと気にせず使え」
なくなったらまた石丸に買ってこさせてやる、とつぶやいて螢雪は書斎へと引っこむ。お礼を伝えわすれたことに気づき、ひさは小瓶を手にしたままあわててそのあとを追いかけた。
寝室にある鏡台の前で『美顔水』を使うのは大人の女性になったみたいで愉しかった。母もよくこうして手製のへちま水を顔につけていたと思いだしながら、顔に塗ったあまりを指先にすりこむ。
きのう、天気がよかったから思いきってこの家の大掃除をして大量に洗濯をした。そのときに手が荒れてしまったのでちょうどよかった。
これで美人になったか先生に聞いても『それくらいで変わるか』と云うんだろうな、と想像してひとりでおかしくなっていると玄関の戸が叩かれた。このいかにも真面目そうな叩き方は──と思いながら開けるとやはり石丸だった。
「ひさ殿、お出迎えありがとうございます」と気持ちのいい笑顔で石丸は云ってひさに有名な和菓子屋の包みを手渡してくる。
「こちらをどうぞ。母から螢雪先生にです」
『……?』
「いえ、実はきのう螢雪先生になんでもいいから手荒れにききそうなものを見繕ってこいと云われまして。ついでだからおまえの母親にもなにか買ってやれと余分にお金をいただいたのであります。そのことを母に伝えましたら、お礼にお菓子を持っていきなさいと云われましたので本日は参上いたしました」
どなたへの贈りものだったのでしょうか、と石丸は大声のまま云う。「なんといいますか、螢雪先生がとても心配されていたようでしたので石丸も大急ぎで買ってきたのでありますが。ひさ殿、なにかご存じありませ」
石丸の言葉は書斎から急いででてきた螢雪に外まで蹴っとばされて終わった。
「虫がついていたぞ」
「い……石丸ごと吹っとばさないでほしいであります……」
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