七.訣別

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 螢雪はすこしぬるくなった茶をすすっている。ひさは彼の横にもどり、自分の前に置いた饅頭を半分に割って螢雪に差しだした。螢雪は湯呑を置き、「今日も腹がいっぱいか。仕方ないな」と云って不愛想に受けとる。  初日からだ。螢雪に氷雨の様子を見てこいと云われてひさが席を外した間に螢雪の分のお茶菓子がきれいになくなっていた。先生がそんなにおなかをすかしていたなんて──とそのときは不思議に思わなかったが、侑が帰るとき、自分の懐を気にしていたのを見て思いいたった。  侑はおそらく母とふたり暮らしだ。その母のために自分の分の菓子を食べるのを我慢して持ちかえり、そんな侑のために螢雪が自分のをあげているのではないかと。  だから──初日はもう食べたあとだったので──二日目から侑がいる間はひさは自分のお菓子に手をつけずに、彼が帰ってから螢雪とそれを半分こすることにした。  螢雪はひさがお菓子消失のからくりに気づいたことに気づいただろうが、ひさがまだおなかがすいてないと伝えると、そうか、と仕方なさそうに受けとった。  ……その口元がちょっとだけ笑っていたことを。彼はどうやら甘味が好きらしいといままでの生活で察していたひさは、ちゃんと見てとっていた。 「明日」と螢雪が湯呑片手にぼそりとつぶやく。 「ほんとうにひとりで行けるか」  だいじょうぶです、とひさはうなずいた。そのとき寝室で寝ていた氷雨が居間にやってきて、ひさと螢雪の間にころんと横になる。ひさは微笑みながら彼女の毛をなでた。  叔母とひとりで対峙するのは怖い。だけど、この暮らしを守るためなら立ちむかっていける。ひとりきりで。  ひさはそう自分を奮いたたせて。  明日、決行のときがくるのを待った。
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