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 玄関までを結ぶ廊下の左手にある自室に入る。淡いブルーの布団が目を引くがそれほど広くはなく、清潔で管理が行き届いている。体をぐっと上に引っ張り上げるようにのびをすると、首の付け根がぱきぱきと小さな音を立てた。それからひとつ息を吐く。強ばった筋肉はほぐれたけれど、梅雨入りしたばかりの空気も相まって気は重かった。  机に備えつけてあるいすに腰かけて横にかかる通学カバンから英単語がびっしりつまった冊子とノートを取りだす。明日の小テストの最終確認として範囲内の英単語を和訳だけ見て書きだしていく。記憶に焼きつけたはずのアルファベットをひとつずつ、今度こそはと自分の脳みそに期待をしながら。 「だめだ」  誰に向けたわけでもない言葉がむなしく響く。いつもと同じ単語でいつもと同じように止まった手に嫌気が差す。ゆっくりと霧の中に迷いこむみたいに輪郭が消えてゆく。そのたびに僕の頭は勉強に向いていないのだと思い知って、お腹のちょうど中心あたりで生まれた熱が目頭からこぼれそうになった。きゅっと目を閉じて深く呼吸をしているとリビングから聞こえてくるキンキンした声に整いかけていた調子を乱された。 「いいのよ! あの子が元気に育ってさえくれれば!」  またか。いつもむずがゆいくらい優しいお母さんは、なにかが乗り移ったみたいに激しくになることがある。そのトリガーは決まって兄だった。正確には、僕の兄として生きるはずだった存在。お母さんは僕を生む前にも男の子を妊娠していて、けれどお腹の子は死んでしまったらしい。その話を聞いたとき、僕の中では驚くほどすべてに合点がいった。
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