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 火照った体のまま玄関を開けると、冷蔵庫を開けたときみたいにひんやりとした空気に包まれた。正面に見えるリビングと廊下を分ける扉が異様に暗く見える。そのまま自分の部屋へ逃げてしまいたかったがそういうわけにもいかない。きちんと帰ってきたことを伝えなければきっとお母さんは不安がる。  どうしてかできるだけ音を立てないように氷のような廊下を進む。冷気が足をつたって全身にのぼっていく。風邪をひいてしまいそうだった。固くなった手足を動かしてリビングの扉の前までたどり着く。ノブに手をかけてゆっくりと下げた。 「ただいま」  瞬間、鋭い頭痛。キンと冷たい粒子が突きささり、脳みそは焼けるように凍えた。体が勝手にふたりのいるテーブルへ向かう。  どうしてこんな時間にお父さんが帰ってきているのだろうとか、どうしておかえりと言うお母さんの声がこんなにか細いのかとか、思うところはいくらでもあったが、しんと張りつめた空間に歓迎されているのを感じて抗うことができなかった。 「ちょっと話があるんだ」  大きな打楽器のように響くお父さんの声が僕をテーブルに招く。眉尻を下げ、瞳はまっすぐに僕を見つめていたと思う。自分の意志とは関係なく定位置に腰を下ろす。お父さんと目が合った。 「お母さんと、お別れすることにしたんだ」  これが穴か。雷に打たれるように理解した。
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