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仁美さんが初めて作ってくれた料理はハンバーグ。わたしに食べてもらうためだって張り切っちゃって、でも料理なんてあんまりしたことなかったみたいで、焦げてたり逆に生焼けで慌てて電子レンジにかけてと大変だった。
初めて一緒にお風呂に入った時は仁美さんが、わたしのボサボサゴワゴワだった髪を、サラサラになるまで時間を掛けて丁寧に洗ってくれたから、二人とものぼせそうになった。
初めて一緒に寝た時は、知らない場所、知らないフワフワの布団でなかなか寝付けなかったわたしの手を、ずっと握っていてくれた。
それまでの記憶がないわたしにしてみれば、大袈裟かもしれないけど、きっと、わたしの人生はあの日、仁美さんが手を握ってくれた日から始まったんだ。
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わたしは仁美さんと一緒に居られれば、それだけで幸せ。
それなのに最近、仁美さんは家を開けることが増えている。
仕事でなかなか家に帰ってこられないことは以前からもあった。でも、それとは違うみたいで、仕事から帰ってくると、わたしの晩ごはんだけ作って忙しなくまた出掛けていく。
また、わたしに隠れて誰かと電話をすることも増えている。前に一度だけこっそりと覗いてみたら、仁美さんは恥ずかしさと喜びが混ざったような、わたしに見せたことがない表情で話していた。
きっと、あれは女の顔。詳しくは知らないけど、なんとなくは分かるよ。わたしだって女だもん。
そして、恐らく相手は恋人なんだとも。
まあ、仁美さんも二十八歳。そういうのを意識する年齢なのかも、とわたしは寂しさを感じつつ、陰ながら応援することにしてる。だって、仁美さんには幸せになって欲しいもの。
ある夜、眠っているわたしは隣の部屋から聞こえてくる話し声で目を覚ました。いつもの電話をしている声。
わたしを起こさないように気を付けて小さな声で話しているみたいだけど、狭いアパートで完全に聞こえないようにするなんて出来るはずがない。
こんな遅くまで熱心だねえ。と下世話なことを思いながら再び眠ろうとした。
しかし、どうやらいつもと雰囲気が違う。聞こえてくる仁美さんの声が楽しそうじゃない。
もしかして喧嘩でもしてる? と気になって、そっと壁際に座って聞き耳を立ててみた。
「無理だよ。返せるはず無い」
仁美さんの声は別れ話をしているかのように深刻だ。
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