わたしの幸せな部屋

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「前にも説明したでしょ。父親に虐待されて追い出されたあの子に帰るところなんて無いの。それに……」  そうなんだ。わたしはお父さんに捨てられたんだ。 「ううん。なんでも無い。あの子のことは、どうにか考えるから、ね。少しだけ待って。一度ちゃんと会って話そう。ね?」  電話を切ってから、仁美さんは一度大きくため息を吐いた。  わたしは盗み聞きしていたのをバレないように、息を殺しながら布団に戻った。布団に戻ってから眠れるはずもなく、心臓はバクバクと嫌に重苦しく鼓動していた。  父親に虐待され、捨てられたという事実はわたしにとってどうでも良かった。寧ろ、捨ててくれたおかげで仁美さんと出会えたのだから、感謝すら覚える。  問題はその後。  もしかして、わたしは仁美さんが幸せになるための重荷になってるの?  それに、どうにかって、どうするつもりなの? わたしを捨てるつもり? 父親と同じように。  そんなはずはないと否定したい。いっそ、今からでも仁美さんを問いただしてしまいたい。でも、もしわたしの望む答えをくれなかったらと考えると、それも出来ない。  ただ、ドロドロとした思いを抱えて、何も見えないようにギュッと強く目をつぶった。 ###   「おはよう。今日はちゃんと起きれたんだ。偉い偉い」  次の日。起こされる前に台所に顔を出すと、仁美さんは昨日のことをおくびにも出さず、いつものニコニコとした朗らかな笑顔で挨拶してきた。 「まあ。そんな日もあるよ」  わたしは欠伸を噛み殺しながら、ぶっきらぼうに返す。  そもそも一睡もしていないのだから、早いも何も無い。 「どうしたの? 何か機嫌悪い?」  わたしの様子から察したのか、仁美さんは心配そうに顔を覗き込んできた。どうしたの? はこっちの台詞。夜中の電話は何だったの? と口から出そうになり、バツが悪くなって「別に」と顔を逸した。 「そっか」  振り返ってフライパンに向き直った仁美さんの背中を、わたしは睨みつける。  変わらずニコニコしてるけど、何を考えているんだろう。素知らぬ顔をしながら、内心は男のことを考えているんだろうか。今もわたしを捨てる算段を立てているのかもしれない。  心のなかで、嫌な想像が膨らんでいく。  そんなはずない。わたしは仁美さんを愛してるもの。仁美さんだって、同じようにわたしを愛してくれているに違いない。  ……そうだ。
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