わたしの幸せな部屋

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 そっちが勝手にするのなら、わたしだって勝手にさせてもらうから。 「あの男は仁美さんの綺麗な顔しか見てないよ。でも、わたしは違う。わたしは仁美さんがどんな顔をしてても愛してるよ」 「何を、言ってるの?」  女神の顔が引き攣る。 「これがその証拠だよっ」  言って、わたしは手に持っていたカッターナイフを思いっきり仁美さんの頬に突き立てた。  言葉にならない金切り声が部屋中に響き渡る。これまで見たことがないくらいに、仁美さんの顔が歪んだ。痛みに耐えきれないのか、陸に上がった魚のように縛られた体をジタバタと跳ねさせる。白い肌に刺さった刃を横にずらすと、真っ赤な血が溢れ出した。 「ほら、これでもわたしは仁美さんが好きだよ。少し傷がついたって、変わらず仁美さんは綺麗だもん。五月蝿い悲鳴だって、全部好きだよ」  わたしは血や涙や涎でぐちゃぐちゃになった仁美さんの顔を撫でる。わたしがつけた大きな傷に触れると、仁美さんはまた醜い悲鳴を上げた。 ###  朝。ピピピ……と鳴るアラーム音でわたしは目を覚ました。布団から上半身を起こして、ううんと伸びをすると、窓の外から可愛らしい鳥の声が聞こえてきた。  うん。今日もいい朝。  いつもと同じ玉子とソーセージを炒めている空腹を誘う匂いと小気味いい音を聞きながら、わたしはキッチンへと向かう。寝たふりはもうしない。 「おはようっ仁美さん」  元気よく挨拶をして台所で料理をしている仁美さんに勢いよく抱きつくと、仁美さんは肩をビクッと震わせてから、警戒するように体を翻した。 「お、おはよう、彩香。早いのね?」 「うんっ。今日も元気いっぱいだよっ」  暗い顔で無理やりぎこちない笑顔を作る仁美さんとは対称的に、わたしは目一杯明るい声で答える。こっちまで暗くなったら、陰気臭くてしかたないもの。  それに、わたしが明るくしていれば、きっといつかは仁美さんも笑ってくれるはずだから。  相変わらず、わたしたちは狭い部屋で一緒に暮らしている。  変わったことといえば、仁美さんが頬の大きな傷を隠すために大きなガーゼをつけていることと、男と別れたことくらい。ほら、わたしの言った通り、あの男は顔だけが目当てだった。傷が少しあったって、仁美さんは変わらず綺麗なのに。 「何かわたしも手伝うことある?」
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