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朝。ピピピ……と鳴るアラーム音でわたしは目を覚ました。
でも、台所から、たぶん玉子とベーコンを炒めている空腹を誘う匂いと小気味いい音を確認すると、また布団に頭まで包まった。
寝起きは良い方なので、二度寝なんてするつもりはない。敢えての寝たふり。まあ、たまにそのまま寝ちゃう時もあるけど。
暖かな布団の中でじっと息を潜めて、近づいてくる足音に耳を澄ませる。聞き慣れた軽快な足音。
「ほら、早く起きないと学校、遅刻しちゃうよ」
呆れ混じりなのに、朗らかで優しい女の人の声。その声を聞くと、わたしの耳はくすぐられたみたいにこそばゆくなる。
声をかけてもわたしが起きないので、女の人は「もう」と一つ息を吐いてから、近づいてくる。わたしを踏んづけてしまわないようにゆっくりと。
布団を踏む足が近付いてくる度に、わたしはいたずらがバレないように隠す子供みたいにワクワクとしてしまい、笑いを堪えるので大変。
布団の頭側に女の人がしゃがみ、布団が掴まれ、
「彩香。起きなよ」
と剥ぎ取られると同時に
「ふふ、とっくに起きてるよー」
わたしは声の主である仁美さんに抱きついた。そのまま、仁美さんを布団に引っ張り込んで、じゃれつく。
「いつまで甘えてるの? もう中学二年生でしょ?」
なんて小言みたいに言うけど、仁美さんは拒否なんてせずに、ニコニコと笑いながら抱きしめてくれる。
「いつまででも良いでしょ。仁美さんが好きなんだから。それとも、仁美さんは嫌?」
言いながら、わたしは仁美さんの胸元に顔を埋める。今日一日を頑張るエネルギーを充填するみたいに、仁美さんの体温を、匂いを体いっぱいに吸い込む。
「嫌なはず無いでしょ。私も彩香が好きだもの」
言って、仁美さんはわたしの頭を優しく撫でてくれた。
これは二人にとって毎朝の挨拶みたいなものなので、答えも変わらず知ってた。でも、仁美さんの声で言ってくれると、何度でも嬉しい。
布団に寝転がりながら、二人でクスクスと笑い合いあう。窓の外から聞こえる、チチチチ……と可愛らしい小鳥の鳴き声がわたしたちを祝福してくれているようで、とても幸せな気持ちに包まれる。
ずっと、仁美さんとこうやって居られればいいのに。
なんて願ったところで、朝の慌ただしい時間が止まるはずもなく。
「っと、そろそろ起きないと本当に遅刻するよ」
と、仁美さんは急に大人らしい冷静さで、名残惜しむ暇もなくわたしの体を引きはがして立ち上がった。
「はーい」
不満げに唇を尖らせながら、わたしも続いて起き上がる。
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