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3・お渡し会
前日の夜に雨が降ったため、むわっとした湿気と高い気温で死にそう。
そんな七月三十日の、十三時少しすぎ。
チケット争奪戦争に勝利した俺は、お渡し会会場の大型書店近くにある、小洒落たカフェで時間をつぶしていた。
俺が獲得したチケットは、十三時五十分集合の組なので、もうしばらくここで時間をつぶした後、集合場所へ向かう予定だ。
「あぁー! どうしよう! あと一時間くらいで生侑弥だよ! 今からすでに手汗がヤバイんだけど。写真集の表紙がふやけて波打つかも。自分、妖怪手汗女かな?!」
「アタシも脈が今からおかしくてヤバイよ。侑弥くん目の前にしたら、過呼吸なるかも……」
「侑弥に迷惑だから、倒れるのだけはマジやめてよ? 会ったら何て言おう……うわぁ緊張するぅー」
「今回プレゼントも手紙も渡せないの、痛いよねぇ。あのさ、私の化粧濃すぎないかな? 大丈夫そ?」
観葉植物を挟んだ背後の席には同士だが異性がいて、既に今から勝手に気まずい。
こういう女の子たちの中に、一人ぽつんと並ぶのか……。
重々理解し、覚悟してはいたが――俺は居心地悪さを感じながら、アイスコーヒーをストローで吸った。
*
令和の今、迷惑をかけられない限りは他人の趣味嗜好に寛大であれ、という風潮ではある。一応。
そう。絶対じゃなく、『一応』。
寛大じゃないから法律違反、とはならない。
あくまでも、個人の良識頼みの話。
ライト層も含めると、弊社にオタクはそれなりにいる。
しかし、イケメン俳優の写真集お渡し会に並ぶ男オタクは、おそらく俺一人。
よってもし同僚に目撃されたなら、からかわれ、イジられるのは確定だ。
特に、そこらへんの意識がアップデートできていない、一昔前の常識で凝り固まっている上司には、絶対に見られたくない。
ハゲ散らかしたその上司には、ソシャゲキャラを推していた時も、嫌なからまれ方をしたし。
――ということで俺は、帽子に眼鏡という、何ともベタな変装をした。
(一応マスクもしてはみたのだが、夏の暑さに敗北し、すぐに外した)
チケットに印刷された時間がきたので、推しのために着飾った女子たちに混ざり、俺も列に並ぶ。
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