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「廊下の蛍光灯を変えているということは、大家さんの関係者の方ですよね?」
黒ブチの伊達メガネごしに俺を見上げるその男性は、間違いなく俺の推し――舞台俳優の東海林侑弥だった。
「アッ、ハイ……。不動産屋の者デス……」
俺は裏返り気味の小さな声で、脚立の上に立ったまま答える。
エッ、エッ、マジで侑弥くんなの?!
左目の下に泣き黒子あるし、双子の兄弟でもいない限り、この超整った後光差すご尊顔は絶対に侑弥くんなんだけど……『ディアマリン』に住んでたの?!
いつ、誰が入居させたんだ?!
ここに芸能人が住んでるなんて、会社の誰も教えてくれなかったんだけど!! ねぇ!!??
「よかった、不動産屋さんでしたか。でしたら、困っていることがあるので、相談させてもらってもいいですか?」
昨日のお渡し会よりラフな格好の彼が、ニコッと微笑み、聞いてくる。
「も、もちろん! ……大丈夫ですッ。どうされましたか?」
頭も心も驚天動地の大パニック。
しかし侑弥くんは今プライベートで、俺は仕事で、ここにいる。
うっかり推しの自宅を知ってしまい、推しと不意打ちで会ってしまい、叫び出したい気分だが、理性を総動員させてこらえた。
俺が彼のファンだとバレてはいけない。
だってファンに家を知られ、しかもそいつがマンションの管理側の人間だなんて、嫌だと思うもん。
住所を拡散されたらどうしよう?! だし、ストーカーになる可能性だってある。
自宅の場所なんて本当にプライベート情報なわけだから、実害がなかったとしても、知られたというだけで不愉快だろう。
でもファンである俺は正直、推しの自宅の場所を知れて嬉しい。
ニチャニチャした、気持ち悪い笑顔を浮かべてしまいそうなくらいには。
でも侑弥くんに不快や恐怖を感じさせるくらいなら、この記憶を消してしまいたい、とも思う。
「風呂場のドアの取っ手がとれちゃって、困ってるんです。ちょっとウチに来て、見てもらってもいいですか?」
推しの住所を知った上に、推しの家に招かれるだと?!
オイオイオーイ!!
もうすぐな盆はともかく、一緒に来ようとしている正月よ、お前が来るにはまだまだ早いって分かってるかァ?!?!
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