5・推しの家

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5・推しの家

ムカつくハゲ課長の命令により、ただただ暑くて面倒なだけの、物件廊下の蛍光灯を交換するだけだったはずなのに――えらいことになってしまった。 予期せぬ東海林侑弥(推し)との遭遇から十分もたたないうちに、俺は推しの家の玄関に立っていた。 「……お邪魔いたします」 さっきまで住人不在だった真夏の玄関は、もわぁっとした熱気と湿気がたまっていた。 通常時なら、俺はこの空気に、ちょっと顔をしかめていたかもしれない。 でも今はそんな些細な不愉快さすら認識できないくらい、余裕がない。 だって! ここは! 侑弥くん家の! 玄関! 先月ファンになったばかりの、いちファンにすぎない俺が、このまま推しの部屋に入ってしまっていいのだろうか? いやいやいや! これは良い悪いじゃなく、仕事だから! よって全然合法です大丈夫です。仕方ないんです。 うあぁぁ、ドキドキする! 侑弥くんはどんな部屋に住んでるんだろう? 丁寧な生活してそうなイメージだけど、意外にズボラだったりするのかな? ――なんていう、結局は欲望丸だしな俺のワクワクは、すぐに破壊された。 「風呂場はここです。間取りご存知かもですが、洗面所入ったとこにあるんです」 たぶん日当たりの関係のせいなのだとは思うが、マンションやアパートのトイレや風呂場は、玄関入ってすぐの場所にあることがほとんどだ。 このあるあるを失念していた俺は、居室へ通されることはなく、問題のある風呂場の扉前へと即案内された。 ……うん。洗面所兼脱衣場や風呂場なんて、居室よりプライベートといえばプライベートなんだけどね。うん……。 「あー、根本からボッキリいっちゃってますね」 侑弥くんの申告通り、浴室の折戸の取っ手は、素人には直しようもなくオシャカになっていた。 「完全に閉めちゃうと風呂場から出られなくなるんで、とれちゃってからは少しだけ開けてシャワー浴びてるんですけど、冬になったらマズイよなぁって思ってて」 「取っ手が折れたのはいつですか?」 「……二ヶ月くらい前ですかね。すみません」 広くない洗面所に、成人男性二人。
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