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今俺は、動けない。運転なんて無理。
「……認知されてるなんて」
侑弥くんは記憶力がよくて、ファンのこともよく覚えている――とは噂で知っていた。
でも、一分か二分、一回会っただけで覚えるか?!
認知してくれていたことは、すっごくとってもありがたくて嬉しいことだけど!
「これって、いいのかなぁ……?」
嬉しいことだが、何だか恥ずかしいし、不安になる。
だって俺、自慢できるところなんてない、すげぇ平凡な人間だし。
会った時、汗かきまくってて、汗臭かったと思うし。
気づかれるまでファンじゃないフリをしたのも、どう思われているだろう?
俺のことはひとまず置いておくとしても、あの警戒心のなさは、すっごく心配。
相手がファンだからこそ、ヤバイ奴じゃないか、疑った方がいい。
ファンの中には推し目当てで、推しの所属事務所や関連会社、よく使用する施設に勤める奴もいるのだから。
*
駐車場に停めた車内で、合計二十分ほどモダモダした後、まだどこか霞がかかったような脳みそのまま車を運転し、帰社した。
俺は右手をグーにして軽く二回こめかみを殴ってから、飯田課長へ話しかけ、風呂場の取っ手の件を伝えた。
すると課長は、蛍光灯交換の報告もあったせいか、すぐに林オーナーへ連絡をとってくれた。
「ディアマリン506号室の件だが、オーナー負担で修理してくれるそうだ」
俺を自分の席まで呼びつけた課長がそう言ったので、「本当ですか! 良かったです」と返事をし、ひそかにほっと胸をなで下ろす。
「ただぎっくり腰の具合がひどいから、修理の手配はウチでしてくれと言われた。だからこの修理、お前が手配しろ」
「俺がしていいんですか?!」
「直りゃいいんだから、別に誰がしてもかまわんだろ」
「そうっスよね!」
いつもなら、「課長の仕事をまた俺に回しやがって」と心の中で毒づくが、今回は「回してくれてありがとう!」と感謝した。
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