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長いまつ毛をふるわせ、侑弥くんが目をさます。
「……ん、真伍くん。電話、終わったんだ……?」
美しい花に引き寄せられる虫のようだった。
つい、引き寄せられるようにして、俺は悪いことをしてしまった。
「――ぁ、はい。長々と電話して、すみません」
寝起きのぼんやりした顔で、何も知らない侑弥くんが俺を見上げる。
「いいよー、気にしないで。ちょうどいい感じに仮眠できたっぽい感じがするし」
俺は、夫婦や恋人でない限り、許されないことをしてしまった。
「本当です?」
「うん、ホントホント」
侑弥くんはソファーへ座り直した後、口元を手で隠しながら、品よくふわぁとアクビ。
次に両手を高く上げて背を軽く反らし、伸びをする。
「あの、侑弥くん。もう二十三時だし、俺、そろそろ家帰ろうかなって」
許されるなら、今すぐここから逃げ出したい。
「あぁもうそんな時間かぁ。――もう今日、泊まっていけば?」
古くからの友達に言うみたいに、さらっと侑弥くんが言う。
罪を犯す前なら、心の中で黄色い悲鳴を上げつつ、俺は彼の言葉に甘えていたかもしれない。
でももう俺は罪人だから、この家へ泊まるなんて許されない。
「えっ! ――すげぇ嬉しいお言葉なんスけど、俺明日仕事なんで……」
「あ、そっか。私服で出勤していい職場じゃないもんね。OKな会社なら、僕の服貸すんだけど」
「弊社、ワイシャツネクタイ必須なので……」
「なら仕方ないね。じゃぁ、後片付け手伝ってもらってもいい?」
侑弥くんが反動をつけ、「よいしょっ」とソファーから立ち上がる。
「も、もちろんです!」
理性がきかない獣のような俺は、一秒でも早く彼の家から立ち去るべきだ。
でも罪を告白できないチキンな俺は、侑弥くんの言葉に流されるまま、パーティーの後片付けを手伝った。
*
あらかた片付けを終えた、二十三時半すぎ。
侑弥くんは駅まで送ると言ってくれたが、「成人済みの健康な男子だから」と、俺はその申し出を断った。
すると侑弥くんは「ならせめて、マンションの下まで送らせて」と言った。
「それじゃまたね」
「はい。今日はありがとうございました。料理、美味しかったです」
拒否しすぎると不自然だよな……と、小賢しく知恵を働かせた俺は、オートロックを出たところでぺこりと頭を下げた。
俺は作り笑顔で手をふり、マンションの敷地から出る。
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