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16・アプリコットフィズ
引退?!
俺なんかとつきあうために侑弥くんが芸能界引退?!?!
は??????
待って待って待って!!!!
そんなの……そんなの絶対なし!!
ダメです!!!!
「じゃぁってワケではないけど、僕、俳優辞めるから。それならつきあえるよね」
「――な、何とんでもないこと言ってるんです?! 俺とつきあうために俳優辞める?! そんなバカみたいなことで辞めるとか言わないで下さいよ! ファンのためにも、俺のためにも!」
俺は顔も身体も侑弥くんへ向け、声を荒げて急いで必死に止める。
しかし彼は俺の必死さなど気にもとめず、ニコニコと穏やかなままで。
「少しだってバカみたいなことじゃないし、僕が役者辞めることに、真伍くんが責任を感じる必要はないよ」
「そんなの無理でしょ!」
「役者辞めるのは、前から考えていたことだから。君とつきあいたいがためだけに、辞めるわけじゃない」
「え?」
「舞台の上で演じるのも好きだけど――僕やっぱり、フレンチの料理人になりたいんだ」
「料理人……ですか?」
俺はおうむ返しに単語を繰り返し、脳内の東海林侑弥データ保管庫から、データを引っ張り出す。
・侑弥くんの趣味は、料理と食べ歩き。
・侑弥くんは高校卒業後調理師学校に通い、その後フレンチ店で働いていたが、二十二歳の時に現在の所属事務所にスカウトされ、芸能界へ戻る。
「僕が演劇にたずさわるようになったきっかけは、母なんだよね。母の強い希望で、僕は劇団に入れられたんだ」
「へぇそうなんですか。初耳です」
脳内データ保管庫を再び検索。
――そうだ。侑弥くんは八歳から十五歳まで、某有名劇団に所属していたんだよな。
八歳で入団じゃ、親の意向が強めな場合も多いのだろうが……そこまで突っ込んで考えてみたことはなかった。
「母は若いころ、小劇団で役者をしていたらしいんだ。『私の青春はすべて舞台に捧げた!』と演劇への思いを、幼い息子に何度も熱く語るような人でね」
「侑弥くんのお母さんは、元女優さんなんですか。侑弥くんを産んだ方ってことは、さぞかし美人さんなんでしょうね」
「さぁそれはどうだろう? 僕から見たら、今も昔も普通の母親だし、普通のおばさんに見えるけど。――とりあえず何にしろ、母は役者としては芽が出ず、仕方なく父と結婚したらしい」
事実だったとしても、「仕方なく結婚した」なんて、よく子供に言うな。
こんなことはあまり言いたくないが――侑弥くんの母親って、軽く毒親なのか?
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