16・アプリコットフィズ

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「だけど母は結婚後も演劇への思いをあきらめきれず、役者として大成する夢を、子供の僕へ託したってわけ」 「あー、なるほど」 まぁ気持ちは分かる。 親というのはただでさえそういうものであるらしいし、こんなにも美形な子供が産まれたのだ。 これだけハンサムなら、芸能界でワンチャン成功できるんじゃ?! と、思っちゃうよね。 「そういうことで僕は小学校二年生から中三まで、劇団に入ってた。怒られる時もあったけど演じるのは楽しかったし、俺が役者をすることを、母がとても喜んでくれていたからね」 「でも、中三で劇団は辞めちゃったんですよね?」 脳内の推しデータを参照しながらそう尋ねれば、侑弥くんはこくりとうなずく。 「中三の夏休みに父に、仕事関係のガーデンパーティーへ連れて行かれたんだ。――ほら、たまに映画とかドラマとかであるだろ。お金持ちの人たちが青空の下、芝生の上でパーティーしてるの」 ガーデンパーティー……。 去年出席した、友人の結婚式がガーデンウェディングだったんだが――そんな感じのパーティーをイメージしたらOKですかね? それ以外の屋外での飲食は、遠足かキャンプかBBQか、程度の庶民的なことくらいしか、俺は体験した記憶がないんですけど……。 そういえばネットの書き込みで、侑弥くんの実家は裕福、みたいなのを見た気がする。 やっぱ元女優のお母さんは美人で、高収入の男性をゲットできたから、その息子な侑弥くんはハイソサエティー界隈住人ということなのか? ということは……うわっ、生まれも育ちも完璧じゃん★ さすが推し! 「そこで僕はフレンチのシェフが腕を奮うのを見て、役者より料理人になりたいって思ったんだ」 「そういうことだったんですか……」 複雑な気分で俺は相づちを打つ。 だって俺は、舞台の上で輝く彼を見て、ファンになったんだもん。 「だから僕は劇団を辞めた。まぁ親の言われるがままは嫌だという、反抗期なせいもあったんだけど。十五歳だったし」 「侑弥くんのお母さんは、劇団辞めるの反対しなかったんですか?」 「したよ。ものすごく反対された。でも辞めた。僕は自分の夢を見つけたんだ、僕にお母さんの夢を押しつけないで! って言って」 これは俺の勝手な想像だが――当時、きっとものすごい修羅場だったんじゃないだろうか……。 「それで高校卒業後に調理の専門学校に通った後、フレンチの店で働けることになったんだけど……僕のWikipediaのページに載ってる通り、二年くらいで辞めちゃったんだ」
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