16・アプリコットフィズ

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侑弥くんは外人みたいに大袈裟に肩をすくめ、バツが悪そうな顔をする。 「母親とあれだけ喧嘩して料理人の道へ進んだのに、たった二年で辞めるとか、根性無しもいいところだよね」 「どうして店を辞めてしまったんですか?」 「下っぱの仕事がメチャクチャ厳しかったのと、先輩シェフからイビられたせい」 「仕事が厳しすぎて、先輩がそのストレスを侑弥くんへぶつけてきたんです?」 「仕事が大変だったせいもあっただろうけど、理由の大半はそれじゃない。――イビられたのは、僕が先輩の彼女をとった、という理由から」 「え?! 嘘だ! 侑弥くんがそんなことするわけないし! 先輩の女が侑弥くんに一目惚れした、とかだろ、絶対!」 「わぁ真伍くんすごいね、大当たりだよ! ――本当に今真伍くんが言った通りなんだけど……僕が彼女にコナかけたせいだ! と主張されてね。今思い出しても理不尽だなぁ」 苦笑いする侑弥くんの両手は固く握られ、いまだにそのことを悔しく思っているのだと、にぶちんな俺でも察せられた。 「そういうことで、『もうダメだやってられない』と店を辞めて街をブラついてたら、今の事務所にスカウトされたんだ」 腹の底にくすぶる悔しさを逃がすみたいに、侑弥くんは数度、両手を握ったり開いたりする。 「そしたら事務所入ってすぐに、大当たりというほどじゃないけど、かなり良い評価と評判をもらえてね。そこからわりとトントン拍子に進んで今、という感じ」 推しは数秒目を閉じたあと、笑顔を作ってから俺を見る。 「しんどいこともあるけど、仕事って何でもそういうもんだし、その仕事でドストライクな真伍くんと会えたんだから、僕はツいてる」 「……俺なんかがタイプって、変ですよ」 「君はとっても可愛いから、少しだって変じゃないし。それに好みとか恋とかは、吟味して考えて選ぶものじゃなく、本能的なものでしょ」 「まぁそれはそうかもですけど……」 「俳優業は楽しいし、好きだし、たぶん僕に向いてるんだと思う。だけどやっぱり、シェフになる夢をあきらめられない。僕は役者より、料理人になりたい」 何と返事をしていいか分からない俺は、薄く口を開き、すぐに閉じて唇を噛んだ。 「芸能人じゃなくなったら、僕への興味なくなって、僕のこと嫌いになっちゃう?」 「まさか! 俺が侑弥くんを嫌いになるだなんて絶対にないです! でも……」
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