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17・推しを兄としたう男(前編)
五千札と、「そっか……」と言ってうつ向いてしまった侑弥くんを残し、俺はタワービル最上階にあるバーを出た。
そして宝石箱をひっくり返したような、ネオンきらめく下界へ、走って逃げ込む。
今いる地区は俺の生活圏外だが、不動産仲介業という職業柄、ふわっとだけど地理が分かるのはラッキーだった。
俺はきらびやかな照明が届かない、暗い道をヨロヨロ走る。
目指したのは、図書館の隣にある、中くらいの広さの公園。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
かなり曖昧な記憶だったが、目的の公園を無事見つけられた俺は、息をきらせながらそこへ駆け込み――安堵する。
普通に考えて、人の気配皆無な真冬の夜の公園なんぞ、さっさと脱出すべき場所でしかない。
けれど勝手に何となく一時避難場所と決めたここで、ようやく俺の気持ちはゆるみ、足を止めることができたのだった。
荒い息を整えつつ、公園の中程にたつ街灯を目指して歩けば、その少し向こうにプラスチックの青いベンチを見つけた。
あれに座ったら、きっと冷たいんだろうけど……でもまぁ、地面へ直接座るよりはマシだろ。
身体を冷やしたくない気持ちより、座わって休みたい欲を優先した俺は、どかっと雑にベンチへ腰をおろす。
「あ"ーーーー!」
不審者として通報されるかもしれないと思ったが、俺はにごった声で腹の底から叫ぶ。
一応安堵はしたが、俺の頭の中も心の中も、バーを出た時のままだ。
後悔と葛藤などでぐるぐるしていて、メチャクチャだから、それのストレスで叫ばずにはいられなかった。
好きな人の恋人になれるチャンスを自らフイにするなんて、俺って本当バカ! 頭オカシイ!
そう考える一方で、断るのが当たり前だったんだよ、と思う自分もいて。
何が正解なのか、自分はどうすべきだったのか、これからどうしたらいいのかが、本気で分からない。
脳内で見つからない答えを探しながら、心の中では、ふたつの感情の間を行ったり来たりする。
ひとつは、「侑弥くんに嫌われたかも? あぁもう絶対嫌われたよ、最悪! 死ねる!」という悲しみ。
もうひとつは、「嫌われて、ただのファンに戻った方がいいんだよ」という、妙に悟ったような感情。
「侑弥くん……」
俺はうつむいて肩を落とし、両手で顔をおおう。
閉じたまぶたの裏に、最後に見た彼の顔が浮かぶ。
傷ついて、落ち込んでいた。
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