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「会いに来ちゃだめなことは分かってる。ごめんね。だけど、どうしても会いたくて」
背景は不動産会社側面の薄汚れた壁という、映え皆無な場所なのに、侑弥くんがそこに立っているだけで、まるでドラマのワンシーンみたいに見える。
「好きな相手と一週間、LINEすらできてないから我慢できなくなって、来てしまいました」
台詞じゃないのに、台詞みたいな言葉。
しかもラブロマンス系の。
ときめいている場合じゃないのにキュンとしてしまった俺は、強く手を握り、手のひらに爪を食い込ませる。
「キモいしウザイよね。本当にごめん」
驚きにより、ふり向いた時の体勢のまま固まっている俺の心情を誤解し、侑弥くんは申し訳なさそうに目を伏せた。
「そ――そんなことないです! 少しだってキモくもウザくもないです!」
謝罪以外の全部の言葉が、飛び上がりたいくらい嬉しい。
俺にどうしても会いたかったから、来ちゃったんだって!
俺のこと、『好きな相手』だって!
あぁ良かった、侑弥くんが俺のことをまだ好きでいてくれて良かった!
俺も侑弥くんのことが大好きです!
――でも俺は、素直にこの気持ちを伝えられない。
「推しは不可侵だろ」と、ファンの俺が後ろから羽交い締めしてくるから。
「だから、ごめんなさいなのは俺の方で……」
この後何と言えばいい? と、俺が宙に視線をさ迷わせた時、「くちゅん!」と侑弥くんが可愛いくしゃみをした。
「! 侑弥くん、いつからここで俺のことを待っててくれたんですか?」
「んーと、二時間前くらいからかな?」
ハッとして俺が慌てて尋ねれば、長すぎる待ち時間を、「十分前だよ〜」くらいの雰囲気で、事も無げに告げられた。
「二時間も!? 確かにしばらく連絡控えましょうとは言いましたけど、待ちすぎですから、こいう場合はLINEして下さいよ! 風邪ひいたらどうするんですか?!」
これってつまり、俺の定時の終業時刻=閉店時間にあわせて来て、ずっと待っててくれたってことだよね?!
「鍛えてるし大丈夫だよ、二時間くらい。それに、連絡控えようって言われてOKしたのに、おしかけたわけだしさ」
「少しも大丈夫じゃないですよ! 今夜は冷えるって、天気予報でいってたじゃないですか! もうすぐ新しい舞台だって始まるのに……!」
「そうだね。まだ引退してないわけだし、仕事として引き受けた以上、きちんと体調管理しなきゃだよね」
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