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「うん」
一週間前、俺は侑弥くんが出演する舞台を見に行ったけれど、こうして彼も俺のことを認識し、言葉を交わすのは一ヶ月ぶりになる。
侑弥くんが俺にもう気がなくても、嫌いでも、またこうして会えて話せて嬉しい。
「すみません、侑弥くん。会いたいなんていうLINEを送ってしまって」
結局は自分可愛さ故の保身だったのだ……と、くるみさんとお見合いをして断った日の夜、俺はようやく醜い真実に気がついた。
俺はええかっこしいの、八方美人。
いざ己が選ばれたら千切れんばかりに尻尾をふり、推しの手をとろうとする自分がひどく浅ましく、唾棄すべき存在に思えて。
過去の自分や他のファンからうとまれ、憎悪の視線や軽蔑の目を向けられるのが、怖くて嫌で。
持ち続けたポリシーをつらぬくことが、未来永劫絶対に正しいのだと思っていて。
「前置きはいらない。君の『どうしても伝えたいこと』を早く言って」
「あっ、はい! ごめんなさい!――えっと……えっと、俺」
真冬の夜の、氷のように冷たい空気を大きく吸い込み、ぐっと唇を噛む。
そうして一拍おいた後、大きめの声で言った。
「俺は侑弥くんのことが好きです!」
芸能人が恋愛することに否定的だったくせに、いざ自分が選ばれたら手のひらを返すなんて、調子がよすぎる。
自分さえ良ければいいのかよ、最っ低!
過去の俺がそう言い、軽蔑の目を向けてくるが――受けて立つ。
ああそうさ、認めるよ。
俺は裏切り者の最低野郎だ。
しかたねーだろ! だってどんなにののしられようが、やっぱりどうしても、俺は侑弥くんへの気持ちをあきらめられないんだよ!
俺は侑弥くんの恋人になりたい!
恋人として彼の隣に立てるなら、ポリシーなんぞ捨てる! 知らん!
過去の俺よ、今の俺の言い訳をとくと聞け!
「知ってるよ。それで、何? まさかそれだけを言うためだけに、『会いたい』なんて連絡してきたの?」
「いいえ、違います!」
だいたいさ、ポリシーや考え方なんて、環境や状況、立場や時間とともに変わるのが普通だろ!
例えば、学年が上がるにつれ、担任の先生の言うことは絶対に守らなきゃいけないと思う度は、下がっていったろ?
学校から帰ったらすぐに宿題をする、と決めたのは自分だったのに、小一の終わりにはもう守られていなかったよな?
昔は会社の壁にグラビアポスター貼っても何も言われなかったらしいけど、今それやったらセクハラだし。
要は俺の思考もアップデートして、闇のファンから光のファンになろうぜ!
絶対に推しも、そっちの方が喜んでくれるしさ!
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