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「って言っても、ちゃんとおぼえてるわけじゃないぜ? 毎日学園ってとこに行くのと、こどもがいっぱいいるのと、たまにみんなが出てきた気がする……くらい?」
発表会、の話をして数日。今日の集会場は蒼一郎達の部屋だ。窓の外は雲ひとつない。差し込む日差しが室内を明るく照らしている。空調のお陰で快適な室温と湿度が保たれているが、眩しすぎる日差しはそれだけで部屋の温度を上げている気がする。折角発表会なんだから白雪の部屋ですればいいじゃん、という真白の意見は眠兎によって却下された。先生達の許可無しで白雪を連れ出す事もできず、今回の発表会では不参加だ。こういうの横暴って言うんだぜ。と真白は密かに思う。
十歌のベッドに足を放り出して座り、真白は朧気な夢の記憶を辿る。ぼんやりと思い出すそれらに明確なイメージは抱けない。ただ、その夢に「楽しい」というイメージだけはあった。
「みんとやとーたのゆめもそんな感じなのか?」
「そうだな、皆制服を着ている。ほら、今俺達が着ているように、その学園に通っているこどもは、皆同じ服を着るんだ」
十歌は自分のシャツを引っ張りながら説明する。その横で、蒼一郎の机に持参したノートを広げ、眠兎が何やらペンを走らせている。
「ほら、こんな感じ」
全員に見えるよう、椅子の背の辺りでノートを広げる。見ると、そこには可愛らしいセーラー服が二つ描いてあった。簡略化して描かれたイラスト。片方には黒のスカート、もう片方には黒の膝丈ほどのズボンが合わさっている。
「スカートが女子の制服、ズボンが男子の制服」
「……上手いな」
「みんとすげー」
「本当。眠兎くん、上手だね」
「……おだてても何も出ないからね」
眠兎は素っ気なく言う。照れているのが見え隠れしていた。素直じゃないなあと真白は思うが、雨続きの頃の難しい顔をした眠兎よりはずっといい。
眠兎のノートを受け取り、蒼一郎が座る方のベッドへと移動する。蒼一郎の隣に座り、イラストを一緒に覗く。
「このふく、かわいーな」
「真白ちゃんが着たらきっと似合うよ」
「そーいちろうだってにあいそう」
「……俺にはあまり似合わないんだけどな」
十歌が真白の手からノートを取り上げる。溜息混じりの十歌が、ノートに描かれた可愛らしい服を着ている姿を想像する。……確かに、大人びている十歌には少し不釣り合いな気がする。
「俺の夢でも、制服はこうだった。真白の夢ではどうた?」
「そうだなー……。いわれみれば、みんなおそろいのふくだった気がする。このふくかどーかは思い出せねーけど」
そう言って、蒼一郎を見る。蒼一郎は少しだけ首を傾げた。
「何だか本当に不思議だね。似ている夢って言うより、まるで世界がもうひとつあるみたい」
確かに真白もそう思った。同じような夢を、眠兎や十歌も見ている。眠っている間に別の世界で生活しているようだ。
「確か、僕達が出てくることもあるんだよね? 夢の中の僕達ってどんな感じなの?」
「あ、それ、おれもしりたい!」
はいはい! と手を挙げる。二人は一度顔を見合せ、考えるように上と下を向く。眠兎は上を、十歌は下を。正反対なのに、考える表情は似ているのだから面白い。
「真白はあまり変わらないな」
「今の真白より、夢の中の方がポンコツ度は下かな、くらい」
「ええ!?……うう、もっとかっこいーとか、ヒーローみたいに強い、とか、そーいうのもねーのか……」
二人の言葉にしおしおとうなだれる。
「ヒーローかどうかはさて置き、ヒーローに憧れてはいるみたいだったな」
「やっぱ!?」
真白はぴょん、と跳ねるようにベッドの上に立つ。そして、その場で器用にくるりと回り、仁王立ちした。
「〝おれ、ましろ!ゆめはヒーローになること!よろしくな!〟……こんな感じ?」
「いい線いってる」
眠兎に褒められ、えへへ、と照れながら後頭部を搔く。思いついたイメージをそのまま演じてみただけだが、不思議ととてもしっくりくる感じがした。
「僕も、今の僕とはあまり変わらない感じ?」
真白の様子を見ていた蒼一郎も、眠兎と十歌に尋ねる。
「蒼一郎は結構違うかもね」
「そうなの?どんな風に?」
「もっとはきはきしてて、好奇心旺盛って感じかな」
「知識欲に貪欲な印象はあるな。話し方も、少し違う印象がある」
「話し方……?うーん、想像できないなぁ……」
「そうだな、例えば……」
十歌は少し考える素振りをみせる。そして、普段のあまり表情のない顔から一転、ぱっと朗らかな笑みを浮かべた。
「〝やあ皆!おはよう!盛り上がってるみたいだけど、何の話をしてるんだい?〟……みたいな感じ、だな……」
「さわやか」
思わず口にする。蒼一郎の台詞の部分だけ、露骨に調子が変わっていた。眠兎がぞわっと背筋を震わせ、両腕を抱きしめるようにさすっている。ギャップに耐えられなかったらしい。
「……違ったか?」
「いや合ってる……合ってるけど……」
眠兎の顔は恐ろしいものを見たように引き攣っている。十歌は真顔だ。二人の様子を見ていた蒼一郎も、
「〝何だいその顔は。幽霊でも見たのかい?〟……こんな感じかな?」
と調子を合わせる。待ってやめてと首を振る眠兎の様子に、三人はふざけて笑う。眠兎もひとしきり怖がって見せたあと、表情を緩めた。和やかな空気の中、真白も再び、蒼一郎の隣にすとんと腰掛ける。
「でもさ、同じだったり、ちがったりしても、今のおれたちとゆめの中のおれたちってやっぱり少しにてるんだな。そーいちろうも、本よむのすきだもんな」
「確かに、共通点はある気がするな。夢の中でも、今の自分でも、根底には変わらない何かがあるのかもしれない」
「つまり、どんなとこにいても、おれはおれってことかぁ」
なるほどなぁ、と納得して頷く。眠兎が意外なものを見る目でこちらを見た。
「……何だよ。真白にしてはいいとこついてくるじゃん」
「僕も、その考え方ってとっても素敵だと思う」
「俺も同感だ。どんな状況でも、どんな場所でも、自分が自分である事に変わりないのかもな。どう足掻いたところで〝自分以外の誰か〟にはなれないんだろう」
「じゃー、いちばん変わんねーとこが、いちばんおれのおれらしいとこ、ってこと?」
「きっとそういう事なんだろう」
十歌の言葉に頷き、真白は「十歌や眠兎の夢の世界の自分」を想像する。今の自分とほとんど変わらない自分。自分の夢の中では、「自分」はどう振舞っていただろう。今まで考えて見た事もなかった。しかし、全く異なる考え方、ではなかったように思う。今と同じように考えたり、感じたりしていた気がする。隔たりは感じなかった。どちらも同じ「自分」だ。
「十歌くんや眠兎くんは、夢の中との共通点ってどんなところ?」
蒼一郎が二人に尋ねる。
「十歌もそんなに変わんないんじゃない? お人好しでお節介。馬鹿みたい」
半眼でちらりと十歌を見て眠兎は言う。相変わらず言い方がきつい。それでも、十歌を認めているんだなという事は分かる。
「眠兎は……自分が下した評価に嘘をつかないところ、かな」
十歌も横目で眠兎を見る。優しい口調だった。大人びた笑い方。眠兎は不機嫌そうにそっぽを向く。照れているんだなと思う。
ころころと変わる眠兎の表情。彼の中にこんなにも豊かな感情が眠っていた事に真白は驚く。記憶の中の眠兎は、苛立っている事が多かった。言葉にしなくても、態度から分かる拒絶の意思。決して心を開こうとしないのは真白にも分かっていた。だから今日の眠兎は真白にとって大発見なのだ。夢の世界の話は勿論楽しい。しかしそれ以上に、皆の様々な表情を発見できるのが嬉しい。
やっぱり、少しずつ変わり始めている。それはとても良い変化のように真白は思う。十歌が〝はこにわ〟にやって来てから、ばらばらだったこどもたちがまとまり始めた。皆が仲良く、楽しく過ごせる世界。真白の願ってやまない世界。そんな毎日はもう、訪れ始めているのかも知れない。
「あはは」
真白は笑う。変化する前の〝はこにわ〟の記憶が遠くなっていく。まるで夢の記憶のように、朧気で不確かなものへと。
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