2.TEMPERANCE

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   3 「って言っても、ちゃんとおぼえてるわけじゃないぜ? 毎日学園ってとこに行くのと、こどもがいっぱいいるのと、たまにみんなが出てきた気がする……くらい?」  発表会、の話をして数日。今日の集会場は蒼一郎(そういちろう)達の部屋だ。窓の外は雲ひとつない。差し込む日差しが室内を明るく照らしている。空調のお陰で快適な室温と湿度が保たれているが、眩しすぎる日差しはそれだけで部屋の温度を上げている気がする。折角発表会なんだから白雪(しらゆき)の部屋ですればいいじゃん、という真白(ましろ)の意見は眠兎(みんと)によって却下された。先生達の許可無しで白雪(しらゆき)を連れ出す事もできず、今回の発表会では不参加だ。こういうの横暴って言うんだぜ。と真白(ましろ)は密かに思う。  十歌(とうた)のベッドに足を放り出して座り、真白(ましろ)朧気(おぼろげ)な夢の記憶を辿る。ぼんやりと思い出すそれらに明確なイメージは抱けない。ただ、その夢に「楽しい」というイメージだけはあった。 「みんとやとーたのゆめもそんな感じなのか?」 「そうだな、皆制服を着ている。ほら、今俺達が着ているように、その学園に通っているこどもは、皆同じ服を着るんだ」  十歌(とうた)は自分のシャツを引っ張りながら説明する。その横で、蒼一郎(そういちろう)の机に持参したノートを広げ、眠兎(みんと)が何やらペンを走らせている。 「ほら、こんな感じ」  全員に見えるよう、椅子の背の辺りでノートを広げる。見ると、そこには可愛らしいセーラー服が二つ描いてあった。簡略化して描かれたイラスト。片方には黒のスカート、もう片方には黒の膝丈ほどのズボンが合わさっている。 「スカートが女子の制服、ズボンが男子の制服」 「……上手いな」 「みんとすげー」 「本当。眠兎(みんと)くん、上手だね」 「……おだてても何も出ないからね」  眠兎(みんと)は素っ気なく言う。照れているのが見え隠れしていた。素直じゃないなあと真白(ましろ)は思うが、雨続きの頃の難しい顔をした眠兎(みんと)よりはずっといい。  眠兎(みんと)のノートを受け取り、蒼一郎(そういちろう)が座る方のベッドへと移動する。蒼一郎(そういちろう)の隣に座り、イラストを一緒に覗く。 「このふく、かわいーな」 「真白(ましろ)ちゃんが着たらきっと似合うよ」 「そーいちろうだってにあいそう」 「……俺にはあまり似合わないんだけどな」  十歌(とうた)真白(ましろ)の手からノートを取り上げる。溜息混じりの十歌(とうた)が、ノートに描かれた可愛らしい服を着ている姿を想像する。……確かに、大人びている十歌(とうた)には少し不釣り合いな気がする。 「俺の夢でも、制服はこうだった。真白(ましろ)の夢ではどうた?」 「そうだなー……。いわれみれば、みんなおそろいのふくだった気がする。このふくかどーかは思い出せねーけど」  そう言って、蒼一郎(そういちろう)を見る。蒼一郎(そういちろう)は少しだけ首を傾げた。 「何だか本当に不思議だね。似ている夢って言うより、まるで世界がもうひとつあるみたい」  確かに真白(ましろ)もそう思った。同じような夢を、眠兎(みんと)十歌(とうた)も見ている。眠っている間に別の世界で生活しているようだ。 「確か、僕達が出てくることもあるんだよね? 夢の中の僕達ってどんな感じなの?」 「あ、それ、おれもしりたい!」  はいはい! と手を挙げる。二人は一度顔を見合せ、考えるように上と下を向く。眠兎(みんと)は上を、十歌(とうた)は下を。正反対なのに、考える表情は似ているのだから面白い。 「真白(ましろ)はあまり変わらないな」 「今の真白(ましろ)より、夢の中の方がポンコツ度は下かな、くらい」 「ええ!?……うう、もっとかっこいーとか、ヒーローみたいに強い、とか、そーいうのもねーのか……」  二人の言葉にしおしおとうなだれる。 「ヒーローかどうかはさて置き、ヒーローに憧れてはいるみたいだったな」 「やっぱ!?」  真白(ましろ)はぴょん、と跳ねるようにベッドの上に立つ。そして、その場で器用にくるりと回り、仁王立ちした。 「〝おれ、ましろ!ゆめはヒーローになること!よろしくな!〟……こんな感じ?」 「いい線いってる」  眠兎(みんと)に褒められ、えへへ、と照れながら後頭部を搔く。思いついたイメージをそのまま演じてみただけだが、不思議ととてもしっくりくる感じがした。 「僕も、今の僕とはあまり変わらない感じ?」  真白(ましろ)の様子を見ていた蒼一郎(そういちろう)も、眠兎(みんと)十歌(とうた)に尋ねる。 「蒼一郎(そういちろう)は結構違うかもね」 「そうなの?どんな風に?」 「もっとはきはきしてて、好奇心旺盛って感じかな」 「知識欲に貪欲な印象はあるな。話し方も、少し違う印象がある」 「話し方……?うーん、想像できないなぁ……」 「そうだな、例えば……」  十歌(とうた)は少し考える素振りをみせる。そして、普段のあまり表情のない顔から一転、ぱっと朗らかな笑みを浮かべた。 「〝やあ皆!おはよう!盛り上がってるみたいだけど、何の話をしてるんだい?〟……みたいな感じ、だな……」 「さわやか」  思わず口にする。蒼一郎(そういちろう)の台詞の部分だけ、露骨に調子が変わっていた。眠兎(みんと)がぞわっと背筋を震わせ、両腕を抱きしめるようにさすっている。ギャップに耐えられなかったらしい。 「……違ったか?」 「いや合ってる……合ってるけど……」  眠兎(みんと)の顔は恐ろしいものを見たように引き攣っている。十歌(とうた)は真顔だ。二人の様子を見ていた蒼一郎(そういちろう)も、 「〝何だいその顔は。幽霊でも見たのかい?〟……こんな感じかな?」  と調子を合わせる。待ってやめてと首を振る眠兎(みんと)の様子に、三人はふざけて笑う。眠兎(みんと)もひとしきり怖がって見せたあと、表情を緩めた。和やかな空気の中、真白(ましろ)も再び、蒼一郎(そういちろう)の隣にすとんと腰掛ける。 「でもさ、同じだったり、ちがったりしても、今のおれたちとゆめの中のおれたちってやっぱり少しにてるんだな。そーいちろうも、本よむのすきだもんな」 「確かに、共通点はある気がするな。夢の中でも、今の自分でも、根底には変わらない何かがあるのかもしれない」 「つまり、どんなとこにいても、おれはおれってことかぁ」  なるほどなぁ、と納得して頷く。眠兎(みんと)が意外なものを見る目でこちらを見た。 「……何だよ。真白(ましろ)にしてはいいとこついてくるじゃん」 「僕も、その考え方ってとっても素敵だと思う」 「俺も同感だ。どんな状況でも、どんな場所でも、自分が自分である事に変わりないのかもな。どう足掻いたところで〝自分以外の誰か〟にはなれないんだろう」 「じゃー、いちばん変わんねーとこが、いちばんおれのおれらしいとこ、ってこと?」 「きっとそういう事なんだろう」  十歌(とうた)の言葉に頷き、真白(ましろ)は「十歌(とうた)眠兎(みんと)の夢の世界の自分」を想像する。今の自分とほとんど変わらない自分。自分の夢の中では、「自分」はどう振舞っていただろう。今まで考えて見た事もなかった。しかし、全く異なる考え方、ではなかったように思う。今と同じように考えたり、感じたりしていた気がする。隔たりは感じなかった。どちらも同じ「自分」だ。 「十歌(とうた)くんや眠兎(みんと)くんは、夢の中との共通点ってどんなところ?」  蒼一郎(そういちろう)が二人に尋ねる。 「十歌(とうた)もそんなに変わんないんじゃない? お人好しでお節介。馬鹿みたい」  半眼でちらりと十歌(とうた)を見て眠兎(みんと)は言う。相変わらず言い方がきつい。それでも、十歌(とうた)を認めているんだなという事は分かる。 「眠兎(みんと)は……自分が下した評価に嘘をつかないところ、かな」  十歌(とうた)も横目で眠兎(みんと)を見る。優しい口調だった。大人びた笑い方。眠兎(みんと)は不機嫌そうにそっぽを向く。照れているんだなと思う。  ころころと変わる眠兎(みんと)の表情。彼の中にこんなにも豊かな感情が眠っていた事に真白(ましろ)は驚く。記憶の中の眠兎(みんと)は、苛立っている事が多かった。言葉にしなくても、態度から分かる拒絶の意思。決して心を開こうとしないのは真白(ましろ)にも分かっていた。だから今日の眠兎(みんと)真白(ましろ)にとって大発見なのだ。夢の世界の話は勿論楽しい。しかしそれ以上に、皆の様々な表情を発見できるのが嬉しい。  やっぱり、少しずつ変わり始めている。それはとても良い変化のように真白(ましろ)は思う。十歌(とうた)が〝はこにわ〟にやって来てから、ばらばらだったこどもたちがまとまり始めた。皆が仲良く、楽しく過ごせる世界。真白(ましろ)の願ってやまない世界。そんな毎日はもう、訪れ始めているのかも知れない。 「あはは」  真白(ましろ)は笑う。変化する前の〝はこにわ〟の記憶が遠くなっていく。まるで夢の記憶のように、朧気(おぼろげ)で不確かなものへと。
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