1.THE MAGICIAN

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   3  十歌(とうた)眠兎(みんと)が同盟を結んだ丁度その頃。  真白(ましろ)はというと、蒼一郎(そういちろう)と共に医務室にいた。蒼一郎(そういちろう)の点滴を交換するためだ。簡易ベッドに仰向けになる蒼一郎(そういちろう)の横で、処置の様子を眺めている。脚をパタパタと動かす度、パイプ椅子が軋んだ音を立てた。 「よし。もう少し安静にしててね。僕も此処に居るから」  慣れた手つきで処置を終え、大規(おおき)は手元のファイルから書類を取り出す。そこに何かを書き込み、再びファイルへと戻した。真白(ましろ)はその様子を目で追う。 「体調に変わりはないかな?」 「はい。最近は……。あ、ここ数日は特に体調がいい気がします」 「それなら良かった。でも、季節の変わり目だからね。無理はしないように」  蒼一郎(そういちろう)大規(おおき)のやり取りを見つつ、真白(ましろ)はぶんぶんと頷く。 「天気がいーと元気でるもんな!」 「真白(ましろ)ちゃんも。外で遊ぶのに夢中になって怪我しないようにね?」  大規(おおき)にたしなめられ、はーい! と手を挙げた。勢いで長い髪が揺れる。 「でもさ、このまま晴れの日が続いて、そーいちろうがもっと元気になったら、てんてき外れるの早くなんねーかな?」  瞳を輝かせ、大規(おおき)を見上げる。 「うーん、そうだね」  見上げた先で、大規(おおき)は先程のファイルを開き、いくつかの書類に目を通している。大規(おおき)がいつも持ち歩く黒いファイル。何が書いてあるのかは知らないが、きっととても大切な書類が入っているのだろうと真白(ましろ)は思う。暫くのファイルとのにらめっこの後、大規(おおき)は涼やかな目元を和らげた。 「うん。このままの状態が続いたら、夏の間に点滴を外せるかも。注射やお薬でも大丈夫になるかもしれない」 「それって……」 「やったなそーいちろう!!」  蒼一郎(そういちろう)の言葉を待たず、真白(ましろ)は勢いよく立ち上がり、蒼一郎(そういちろう)に飛びついた。点滴パックが大きく揺れる。 「ま、真白(ましろ)ちゃん……!」  慌てる蒼一郎(そういちろう)の胸元にぐりぐりと頭をこすりつける。髪の毛が乱れるのもお構い無しの真白(ましろ)を見兼ねたのか、大規(おおき)が彼女の腕を引っ張った。 「真白(ましろ)ちゃん。点滴気を付けて」  大規(おおき)の声にはっと我に返る。嬉しすぎてつい勢いに任せてしまった。 「ご、ごめん! そーいちろう。おーきせんせーも」 「……まあ、気持ちは分かるけど、ね?」  苦笑する大規(おおき)。てへへ、と笑う。 「おれさ、ずっとそーいちろうと外で遊びたかったんだ。サッカーしたり、たんけんごっこしたりさ。おひさまのしたで思いっきり遊ぶの、すげー楽しいんだぜ! きっと、そーいちろうも好きになると思ったんだ。な、せんせー!」 「頑張った甲斐がありました。一番頑張ったのは、蒼一郎(そういちろう)くんだけどね」 「ありがとう、ございます」  蒼一郎(そういちろう)は照れくさそうにはにかむ。 「そうだ。せんせー、カイは元気?」 「気になる?」 「なる!」  即答すると、大規(おおき)蒼一郎(そういちろう)は顔を見合せくすっと笑った。  梅雨の終わりに、真白(ましろ)とカイが会っていたことがばれてしまった後。  結論から言えば、真白(ましろ)はお咎めなしとなった。日野尾(ひのお)から「出来れば内緒話はやめて欲しいんだけどなぁ」と言われたものの、それ以上言及されることはなかった。日野尾(ひのお)が隠し事や嘘を嫌う事は真白(ましろ)にもよく分かっている。果たして一体どんな雷が落ちるかと怯えきっていた真白(ましろ)はほっと胸をなで下ろしたのだった。  ただし、次にカイと会えるようになるまで、少し時間がかかると言われた。聞けばカイは身体が弱く、特に雨の間や季節の変わり目には体調を崩しやすいからだという。病気ひとつした事のない真白(ましろ)からすれば、カイや蒼一郎(そういちろう)は大変だなあとよく思う。どこか繊細で壊れやすい印象を抱く。  それからというもの、真白(ましろ)は一日に一回はカイの様子を尋ねていた。会いたくても会えないもどかしさ。様子を知ることができれば、その気持ちも少しは抑えることができた。 「カイくんは今日も元気です。朝、僕が会った時は、何かの本を読んでいたよ。その時にカイくんにも真白(ましろ)ちゃんは元気?って聞かれたなぁ」 「ほんと!?」  ぱあっと喜びに満ちた表情を浮かべ、真白(ましろ)は甘えるように大規(おおき)に抱きつく。 「なーなーせんせー、もうすぐ会えるようになる?」 「そうだね。もう少し季節が安定したら、所長も会わせてくれるんじゃないかな」 「あんてーするってどれくらい?」 「そうだなぁ。晴れた日が沢山続くようになったらかな」 「それって明日?」 「もうちょっと先」  なーがーいー! と不満気に頭を押し付ける真白(ましろ)の背を、大規(おおき)があやす様に撫でる。と、蒼一郎(そういちろう)大規(おおき)を呼んだ。大規(おおき)の胸に押し付けていた顔を蒼一郎(そういちろう)へと向ける。 「僕も、……その、カイくんに会ってみたいです」 「蒼一郎(そういちろう)くんも?」 「駄目、ですか……?」  蒼一郎(そういちろう)の言葉じりが段々と小さくなる。蒼一郎(そういちろう)の気持ちを後押しするように、真白(ましろ)も口を開いた。 「おれ、おれ、みんなで会いたい! そーいちろうも、みんとも、とーたも、しらゆきも!」  せかすように大規(おおき)にせがむ。うーん、と言いながら、大規(おおき)は思案するように天井を見上げる。その両腕を掴み、焦れったそうに揺する。 「せんせー、だめ?」  じっと大規(おおき)の顔を見上げる。ふたりのこどもの視線を浴びた大規(おおき)は、やがて降参したように両手を上げた。 「……分かった。所長に相談してみるよ」  わーい! と歓声を上げ、真白(ましろ)は再び大規(おおき)に抱きつく。ベッドの蒼一郎(そういちろう)がすまなそうに大規(おおき)を見上げた。 「わがまま言ってごめんなさい」 「ううん。蒼一郎(そういちろう)くんやカイくんの調子もあるからすぐには難しいけど。所長も許してくれるんじゃないかな。それに、皆で仲良くした方が楽しいでしょう?」 「だよなー!」  真白(ましろ)も頷き、大規(おおき)をぺしぺしと叩く。 「いつ会える? 明日?」 「真白(ましろ)ちゃん。楽しみな気持ちは分かるけど、もうちょっと我慢して」  真白(ましろ)は再び「なーがーいー」と声を上げる。それでも全身から喜びをあふれさせ、大規(おおき)のみぞおちの辺りへと頬を擦り寄せた。 「おれ、おーきせんせー大好き!」 「はいはい。有難う」  ぽんぽん、と優しく背を叩かれ、真白(ましろ)大規(おおき)から身体を離す。 「さて、そろそろ起き上がって大丈夫だよ。僕も他の仕事に移らないと」  ゆっくりね、と言われ、蒼一郎(そういちろう)が身体を起こす。前髪の端に留めたピンが髪の動きに合わせて揺れた。プラスチック製の青いピンは、この時期の空の色に似ている。夏の深い空の欠片。それを身につけた蒼一郎(そういちろう)が、青空の下を走る様子を想像する。その日が早く来ればいいと思う。 「大丈夫?」 「はい」  何度か瞬きをした蒼一郎(そういちろう)が立ち上がるのを待ち、彼に付き添う。三人で廊下に出ると、大規(おおき)は医務室に鍵をかけ、じゃあねと言って立ち去った。白い白衣の背中が段々と遠のいていく。 「よかったな、そーいちろう」 「……うん」  隣に立つ蒼一郎(そういちろう)は、大規(おおき)の背をぼんやりと見つめている。 「早く元気にならないと」 「おー。でも、ムリしちゃダメだそ」 「うん……」  どこかぼんやりとしたままの蒼一郎(そういちろう)に、今がカンジンなんだぞ、と少し大人びた口調で注意し、真白(ましろ)は彼の手を引く。  歩き出した真白(ましろ)の耳に、遠くから小さく蝉の鳴き声が聞こえた気がした。
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