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一日、一日、空の青さは深みを増していく。
真白が「皆でカイに会いたい」と大規にせがんでから数日。日野尾の口から正式な許可が降りた。……ただし、蒼一郎の点滴が外れた後で。
「それってどれくらい先?」
「そんなに遠くはないと思うよ」
「明日?」
「明日よりはもうちょっと後」
それでも、会えることに変わりはない。瞳を輝かせる真白を見ながら、しょうがないなぁと日野尾は笑っていた。
その日、こどもたちは白雪の部屋に集まっていた。梅雨の終わり頃から、こうしてひとつの部屋に皆で集まることが増えていた。今まではそれぞれがばらばらに過ごす事が多く、真白も一人で遊んでいる事が多かった。誰かと一緒は楽しい。真白はこの変化を嬉しく思う。
今日の話題は、会えることが決まったカイについて。ぬいぐるみだらけの部屋の中に、それぞれが思い思いに座っている。
「いつだったか見かけた事があったよ。すごく綺麗な子だった気がする」
「僕は何度か。あいつ、髪の色も目の色も僕達と全然違うよな」
蒼一郎と眠兎の言葉に頷く。
「ぎんいろのきらきらのかみのけだし、しらゆきよりもっとはだのいろも白いんだ。あと、笑うとすっごくかわいい」
すっごく、を強調する。腕の中の白雪が同意するように「かわいー」と言った。ふにゃっと笑う白雪はまるで子猫のようだ。
「……外見だけだと天使みたいだよな」
ぼそ、と眠兎が呟く。知らない単語に真白はぱちぱちと瞬きをした。
「てんし? てんしってなんだ?」
「前に、神様の話になっただろ。天使ってのはその神様に仕える……えーと、神様の手伝いをするんだよ。よく描かれるのは、背中に白い翼があって、全体的に白っぽい外見の人の姿をしてるイメージ。カイっぽいだろ」
「すげーカイっぽい」
納得する。確かにカイは天使のようだ。同じ〝こども〟ではなく、神様の元からやって来たと言われても頷いてしまう。眠兎はこういう喩えが上手い。たくさん知識があると、その分言葉にするのも上手くなるのだろうか。
「性格は? 真白から見て、どんな奴なんだ?」
十歌に聞かれ、そうだなーと考える。
「おとなしーかんじかな。ちょっとこわがりかも。あ、よく本をよんでるぜ。やさしくて、にこにこしてる。あとは……うーん、かわいい」
「結局可愛いに行き着くのかよ……」
「だってかわいーもん。会ってみたらきっとみんとにもわかると思う」
眠兎の突っ込みに口を尖らせる。実際、とても可愛いと思うのだ。薄い色素も、アイスブルーの瞳も。外見だけじゃない。優しい性格も話し方も可愛い。きっと皆カイの事を好きになるだろうと思う。
「カイくんは本が好きなのかな? どんな本を読んでるんだろう。会ったら本の話が出来るといいなぁ」
真白と眠兎のやり取りを見ていた蒼一郎がふふっと微笑む。
「うん。そーいちろうやみんとは本の話できるかもな。おれはよくわかんねーから、きっとカイもよろこぶと思うぜ」
「普段はどんな話をしてたの?」
「いろいろ。みんなの話とか、その日あったこととか……あ、ゆめの話をしたこともあったぜ」
「夢?」
その単語に十歌が反応する。何か気になることでもあるのだろうか。
「うん。ゆめの話」
「どんな夢なんだ?」
「んー。なんかさ、ときどき見るゆめなんだけど。えっと、学園? ってとこにまいにち行くんだ。おれたちくらいのこどもがたくさんいて……たまにみんなも出てくるんだぜ。へんなゆめだろ?」
あはは、と笑う。細かくは覚えていないが、大体そんな内容だったように思う。不思議な夢。しかし十歌ははっとしたように眠兎と目線を交わしあった。
「……? どーかしたのか?」
不思議に思って聞く。
「いや、俺も似たような夢を見る事があるから、驚いたんだ」
「えっ、そーなのか?」
「眠兎も見た事があるらしいぞ」
「ば……っ」
馬鹿、と言いかけたらしい眠兎の口を十歌が押さえている。身長差のせいかなかなか抜け出せずにもがく姿は微笑ましくもある。
「すげーな、みんなにたようなゆめ見てたんだ。そーいちろうは?」
「うーん、僕はあんまり覚えてないかな……もしかしたら見た事もあったのかも知れないけど……」
「何で喋るんだよ十歌!!」
ようやく十歌の手から抜け出し、眠兎が怒りの声をあげる。
「秘密にしろとは言われてない」
飛んできた眠兎の拳を軽々と避けている。いつの間にか眠兎の扱いが上手くなっている様子に、思わず「おおー」と声を上げた。眠兎がぎっとこちらを睨む。怖い。
「みんと、なんでおこってんだ?」
「照れてるんだろう」
「照れてない」
「てー……?」
やり取りを聞いていたらしい白雪も、ぽかんとして首を傾げている。
「白雪ちゃんも見てるのかな。その夢」
蒼一郎の言葉に、皆の視線が白雪に集まる。
「もしかしたら見てるかもしんねーな。な、しらゆき」
「なー」
腕の中の白雪が嬉しそうに微笑む。まだ幼い、甘ったるい声。集まっている〝こども〟の中では一番先に〝はこにわ〟に居る筈なのに、誰よりも幼く感じる。白雪の振る舞いがそう思わせるのかもしれない。肩のあたりまである緩い巻き毛。柔らかな色の髪と白い肌。白雪だって天使みたいだと真白は思う。
「いいなぁ。僕も覚えてたら良かったのに。皆の夢、気になるなぁ」
少し寂しそうな蒼一郎の声。その表情を見て、真白は思い立つ。
「じゃあさ、おぼえてるゆめの話を、みんなでしあうのはどう? はっぴょーかい!」
「……発表会?」
眠兎が怪訝な顔をする。
「にたゆめでも、おんなじところやちがうところがあるかもしんねーだろ? それに、もしそーいちろうもおんなじゆめを見たことがあったら、なにか思いだすかも。そーいえばって。あとおれもゆめの話聞きたい」
どうかな? と皆を見渡す。眠兎が呆れたように溜息をついた。
「別にいいけど。バレたら日野尾先生、滅茶苦茶怒るぞ」
「う」
期待に膨らんだ胸がしぼむ。日野尾が夢の話を快く思わない事は真白にも分かった。以前、何度か日野尾に見た夢の話をした事がある。日野尾の表情がみるみる曇り、悲しそうな眼をしていたのを思い出した。どうしてそんな顔をするのか真白は知らない。何か嫌な思い出があるのかもしれない。以来、日野尾の前では夢の話はしないようにしている。つい、考え無しに思い付いた事をそのまま口にしてしまう。
「ダメかー……」
はあぁ、とがっくり肩を落とす。しかし眠兎は、
「バレなきゃいい訳だろ。気付かれないようにやればいいじゃん」
そう言ってにや、と笑った。悪巧みをする顔。それぞれが目配せしながら笑い合う。秘密を共有する楽しさを分かち合う。
そして、ふと思い出した。
「そーいえばカイ、へんなことも言ってたなー」
「変な事?」
眠兎が尋ねる。
「うん。なんか、〝姉さん達を見たことはないか〟って。はこにわでおれたち以外のこども見たことある?」
聞くと、それぞれが互いに顔を見合わせ首を振っている。白雪はともかく、長くここにいる眠兎ですら見た事が無いとなると、カイの言葉は何の事なのだろう。
「大体、〝こども〟に兄弟なんて居ないはずだろ?」
「なーなーみんと、きょうだいってなに?」
「……真白、兄弟も分からずにカイの話聞いてたのか?」
「……? うん」
頷く。眠兎は面倒くさそうに眉を寄せ、それから説明を始めた。
「あー……一言で言えば、関係性かな。カイの言う〝姉さん〟っていうのは、自分より歳上の女の人を指す。男なら兄。逆に歳下の事は女なら妹、男なら弟って言うんだ。ただの上下関係とは違ってて、基本的には血の繋がった関係を言う。僕等は別にそういうんじゃないだろ」
「よくわかんない」
「だろうな。僕等には関係ない話だし」
「うーん……」
今ひとつピンと来ない。それは今の自分達とどう違うのだろう。何か特別な関係である、という事は分かるのだが、それ以上はよく分からない。
「でも、おれたちを作ったのは、ひのおせんせーとおーきせんせーだろ? おんなじせんせーたちがつくったなら、きょうだいじゃないのか?」
「ふざけんな。真白みたいな馬鹿が妹でたまるか」
「えー」
眠兎に即答され、しょんぼりと肩を落とす。確かに馬鹿だけど。即答することないじゃないか。
「……はこにわでは見た事ないけど、夢の中では見たぜ。カイの姉さん」
幾分真面目な声で眠兎は言う。
「ひとつ歳上でさ、双子なんだ。そっくりの顔してる」
「……じゃあ、カイの言ってたのは、ゆめの中の話ってこと……?」
カイの様子を思い出す。姉さん、について聞いてきた時のカイは、夢の中の話をしているようには思えなかった。実際に〝姉さん〟が存在しているような話しぶりだった。どうしてだろう。
真白が頭を悩ませていると、時計を確認した眠兎が立ち上がる。十歌もそれに続いた。
「じゃ、僕、十歌に用事があるから」
「済まない。また後で」
「えっ、はっぴょーかいは?」
「そのうち。日野尾先生にバラすなよ」
眠兎に釘を刺され、わかってるーと返す。二人はそのまま部屋を出ていった。足音が遠ざかっていく。
「……さいきん、あのふたりなかよしだよな」
「ね」
蒼一郎と顔を見合わせる。
「みんと、元気になってきた気がする」
「十歌くんも、表情が明るくなった気がする」
くす、と笑う。
もうすぐ蒼一郎の点滴は外れ、カイとも会えるようになる。皆少しずつ変わって、嬉しい事や楽しい事が増えていく。
「おれもまけてらんねーな」
「僕も。早く点滴が外れるように、頑張らなきゃ」
時計を見る。そろそろ大規が来る頃だろう。蒼一郎の点滴パックの中身は、五分の一程まで減っていた。
「……せんせー、またちこくだな」
カンジンな時期なんだぞ、と呟く真白に、蒼一郎は苦笑いを浮かべた。
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