プロローグ ぼくのお仕事は推し事です!

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 昌紀は身長が186センチで、周りのドルヲタより頭一つ二つは背が高い。 それ故に推しジャンプも目立つもので、ステージから「推し」が見下ろせばすぐに気がついてしまう。 当然「推し」からも認知されており、ステージ上からレスを返すことも多い。 認知。アイドルに顔や名前を覚えて貰えること。ファンレターやSNSでの交流、握手会などと言ったイベントでのアピールの積み重ねによって成される。 レス。ライブ中にステージ上のアイドルが観客に向かって目線を送ったり手を振ること。  昌紀とその推しアイドルのチイナが認知されているのは周知のこと。チイナと推し被りのファンも、昌紀を長年クワトロスターのライブに通いチイナを推していることを知っておりTOとして尊敬対象にあるためにレスがあったからと言って妬みの感情はない。 推し被り。推しが同じヲタクのこと。同じアイドルが好きな同志として仲が良く誕生会や加入◯周年イベント等では団結することが多い、同好の士であるためにプライベートでも交流などを行うこともある。 TO。TOP OTAKU(トップヲタ)の略称。ライブ会場において影響力のあるドルヲタのことを言う。 言わばドルヲタ達のまとめ役。なろうとしてもなれるものではなく、推しに対する愛やライブ中での行動によって、周囲のドルヲタに認められてなるものである。  やがて、曲は最後の四人全員のサビコーラスへと入り最高潮(クライマックス)を迎えた。 UOの光が金色の稲穂のように揺れ、歓声に包まれる中、フェードアウトするように曲が終わり、ステージ上の照明が落ち、会場は静寂へと包まれた。 この後はアンコールの一曲を聴いた後に、帰りの挨拶をして終わりだ。  昌紀はアンコールの音頭を取ろうと、大きく深呼吸を行った。 その刹那、ステージ上に一筋のスポットライトが点灯した。今日来ているファンは皆常連客「こんなことは初めてだ」と困惑し、場がざわめいた。 スポットライトの中に一人の女性が立った。チイナである。いつもであればステージ上の照明が一斉に点灯し、メンバー四人がアンコールの曲に入るのだが、今回は違っていた。場は更に困惑の坩堝に包まれる。特にチイナ推しのファンは、心臓が口から飛び出すかと思うほどに心拍数を上げるのであった。  チイナは右手に持っていたペットボトルをグイと呷った。 昌紀は困惑しながらもファンとしての推しごとをこなした。 「お水美味しいー?」 チイナは愛想よく、昌紀の声が聞こえてきた方向に向かって手を振った。 これもレスである。いつもであれば満面の笑みで行うのだが、今回は何故か神妙な顔つきで行っていた。昌紀はそれに違和感を覚え、胸の奥が「何故か」ジリジリと傷んでくるのであった。 チイナはペットボトルを影に向かって伸ばした。すると、スタッフがペットボトルを回収し舞台袖へと戻っていった。それを横目で確認したチイナは改めてファンに向かって顔を向けた。そして、おもむろに口を開いた。
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