【試し読み】カメレオンでも恋がしたい

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 大学生活の間、立て続けに相手からフラれボロボロになった当時の理央は、自分のセックスに問題があるんだと絶望していた。だが次こそはいい出会いがあるのではないかと望みを捨てられず、繁華街をさまよった。行きずりの相手と一夜の関係を交わしたことが何回もある。  就職活動にも力が入らず、大学卒業間際になって出会ったのが、『キープタイム』の社長だった。客に合わせたプレイが売りのデリヘルに誘われた理央は、働いてみてからすぐに頭角を露わにしていった。  相手をした客が「気持ちよかった」と言ってくれる。Sっ気のある客も初心な客も、中年も青年も、みな悦んでくれた。  初利用の客はリピートを望み、指名率が上がり、あっという間に理央は『キープタイム』の看板キャストになった。相手に行為を合わせるこれまでの付き合い方のお陰で、どんな客の要望にも完璧に応えられたからだ。  そんな理央に周囲のキャストが羨望や妬みを含めて付けたあだ名が、〝カメレオン〟。  マグロだった理央は、カメレオンになった。  だが振り返ってみると、好きな相手に喜んでほしくて、下手だと言われるのが怖くて必死に習得した性技だ。まさか客を取るための手管になるなど当時は想像もしていなかったし、理央が心の底から望んだことではなかったはずだ。  客の喜ぶ顔を見るたびに、どこか心は孤独で虚しくなる日々。  いつか、客ではなくパートナーを喜ばせる日が来るんだろうか。いや、来るはずがない。カメレオンなどと言われるまでに自分の色をなくしてしまった男を、好きになってくれる人などいるはずがないのだ。  あるいは静が初恋の人だったら、こんなことにはなっていなかったのではないか。 (……いや、まさか。大学生の時に出会っていたら、マグロと言われるどころか見向きもされずに終わってた)  高望みしてはいけない。客として出会えてよかったと思わなければ。 「きっと、静さんには次の彼氏なんてすぐに見つかる」  そう思いながら、頭の片隅ではもう一度彼がフラれて自分を指名してくれないだろうかと、邪な考えが頭をよぎる。 「バカだなぁ俺。あの人超モテるだろうし、一度彼氏にした相手と簡単には別れなさそうだし……もうデリヘルなんて使わないよ」  理央は潤んだ目元を無理やり手で拭った。 ===== 続きは文学フリマ東京38にてお読みいただけます。
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