【試し読み】カメレオンでも恋がしたい

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*  ホテルの外は夜の暗がりに沈んでいたが、繁華街への道は街灯で眩しく照らされ始めていた。  この繁華街はゲイ界隈でも有名な通りだ。『キープタイム』の事務所や、彼らようなデリヘルが懇意にしているホテルがあり、ハッテン場やゲイバーなども他の店に紛れて軒を連ねている。  理央はうつむきながら、ショルダーバッグの紐をぎゅっと握りしめた。まだ静と身体を交わした感覚がじくりと残っていて、胸が痛い。帰り際の優しい抱擁も。 『もしまたフラれてしまった時には、私の傷心をきみが癒やしてくれるだろうか?』  あんなことを言われたのは、人生で初めてだった。  もしも初恋の相手が静だったらと、キャストとしてあるまじきことを考えてしまう。静と初めて会って、初めてセックスをして、初めて自分の身体に静が喜んでくれたとしたら──。  さきほど少しだけ漏れ出してきた過去の記憶が、再び理央の胸にぶわりと流れ込んできた。 『おまえ下手すぎ。マグロかよ』  今から五年前。大学一年生になりたてだった理央は、相手の暴言によって初恋の破局を迎えた。  初恋の人と出会ったのは大学の講義の席で、お互いにゲイだと知ってからは意気投合した。今まで性的指向が同じ人間に会ったことがなかった理央は、相手にのめり込んで付き合うところまで行ったが、初めてのセックスにお世辞にもついていけず、相手から盛大なため息とともに別れを告げられたのだった。  当時のショックは時とともに癒えていったが、マグロという強烈な言葉だけは、理央の胸に深く突き刺さったまま取れなかった。  以来、理央は付き合う男の身体の好みへ、完璧に己を合わせるようになった。二度と下手だのマグロだのと言われたくない。その一心で経験を積んだ。付き合った相手の性格をよく把握して、ひどくするのが好みの相手には嗜虐心をそそるように鳴いたりよがり、初心な相手にはこちらがリードをした。  なのに、最後にはどうしても相手から別れを告げられてしまうのだ。 『セックスが従順すぎてつまんないんだよな。気持ちよくないのに、わざと喘いでない? ゲイビじゃないんだから』 『刺激がない。もっと、ぼくたちだけのセックスをしようって気にならない?』 『理央さんが上手すぎて、自分に自信がなくなります……』  立て続けに捨てられた挙げ句、一番最近付き合っていた彼には浮気を疑われる始末だった。 『どこでそんなセックス覚えてきたの? まさか俺に隠れて別の男に抱かれてんじゃないだろうな?』  そうして一方的に悪者にされ、別れを告げられたのだった。
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