0人が本棚に入れています
本棚に追加
薄暗いダンジョンの中、手にした松明の灯りを頼りに崩れかけた石段を降りていく。足を進めるたびに壁に浮かび上がった二つの人影がゆらゆらと揺れる。埃のせいか、それとも空気が薄いのか息が苦しい。私と後ろを歩くアシェリー、二人のゼイゼイという荒い息遣いだけがあたりに響いていた。
朝から何時間歩いただろう?、あとどれだけ歩けばいいのだろう?、そもそもこの道でいいのだろうか?、先ほどから頭の中でグルグルと同じことばかりを考えている。
——考えるな、歩け!
弱気になる自分に檄をとばし前に進む。
しばらくすると、下りの石段が終わり一本道の通路に出た。松明を掲げると、照らし出された石畳の道の先に、扉が一つ浮かび上がる。
——!?
この地に来て10日ほど、いくつかあった手がかりは全て空振りに終わった。ここ数日は洞穴のようなダンジョンをただ歩き回るだけ。久々に見つけた手がかりに気持ちがはやる。思わず駆け寄り大きな石扉に手をかけようとすると、背中からアシェリーの声が飛んできた。
「気をつけろ、罠があるかもしれないぞ」
「わかってる!」
冷静なアシェリーの声に対して、わずかに苛立ちがまじった声で返事を返す。それでも彼の言葉にしたがい、扉とその周囲を観察し、不審な点が無いかを確認する。さらに松明をアシェリーに預けると、腰に差した剣を引き抜き右手で構え、左手でゆっくりと石扉を押していった。
————————
子供の頃からいつもアシェリーと一緒だった。生まれ育ったブラン王国西部のコーラル地方は、歴史的遺跡や遺物が数多く点在し、数多の秘宝伝説が残された土地だった。
それらの伝承を寝物語に耳にし、秘宝発掘の冒険譚に胸を躍らせた少年時代。二人にとって、もっぱら遊びと言えば近くの洞窟での冒険者ごっこばかりだった。そんな私たちが成人し冒険者ギルドに登録してトレジャーハンターを目指したのは極めて自然な流れと言えた。
当初は少しでも金になる仕事、魔獣討伐や用心棒仕事などをこなしながら糊口を凌ぐ苦しい日々。それでも、身の危険にさらされる窮地の中、互いに協力し信頼を高め絆を深めていった。常にトレジャーハントへの情熱の火は絶やさず、少しづつお金を貯め、情報を集め、機が熟すのを待ち続けた。
————————
そしてついに私たちは、成し遂げたのだ。押し開いた石扉の先にあったのは、ある時を境に歴史から消滅した都市コルビアの隠しダンジョンの宝物庫に間違いなかった。三大迷宮の一つに数えられ、今まで多くの冒険者が探し求め、しかし誰も辿り着けず、もはや幻想、夢物語とさえ言われていた秘宝をついに探し当てることに成功した。
——これで全てが変わる!
眩い輝きを放つ財宝を前にしてそう確信していた。この発見で、我々は冒険者として名声はもちろん、経済的な成功も手にすることなる。もう無理して用心棒仕事などしなくてもいい。埃くさい空気の中、私はアシェリーと二人で抱き合いながら、約束された未来に胸をふくらませるのだった。
そして実際二人を取り巻く環境は様変わりする。探し当てた財宝を手に王都の冒険者ギルドに戻った私たちは、大きな驚きと賞賛をもって迎えられた。そして次の冒険を期待する声の高まりと共に、多くのダンジョンや隠し財宝の有益な情報が集まるようになっていった。
さらに嬉しい誤算は、冒険に対する商人ギルドからの資金提供だった。今後の冒険で得られる財宝の一部を見返りに、探窟に関わる資金を出してくれるというのだ。これで自分たちの資産に手をつけずとも、装備を揃えることが可能となった。
これからアシェリーと二人、より積極的に多くの冒険に挑戦できる、そう考えていた。
「行く必要ない?どういう意味だ」
王都の宿屋で新たなダンジョンの攻略について話を始めた時だった。思ってもいなかったアシェリーの言葉に思わず強い口調で聞き返す。
「つまり、我々が直接ダンジョンに行く必要はないってことさ」
気色ばむ私とは対照的に、アシェリーの声は落ち着いていた。実績を残した我々に、情報も資金も潤沢に集まる。後は適切な人を募って、彼らに任せればいい。結果として、安定して継続的に攻略が進められるだろう、というのがアシェリーの言い分だった。
一理ある、間違ってはいないかもしれない。万全な装備を揃えたとして、それでも危険は常につきまとう。ただ机上でダンジョン攻略を計画し、探索は誰かに任せて、仮に遂行できたとして、それで攻略したと言えるのだろうか?世間の人は何と言うだろう?いや、世間の声など関係ない。自分自身が納得できるとは思えなかった。
そんな思いを、強く彼に伝えるが結局話は平行線のままだった。夜更けまで続いた議論の末、感情的になった私は、乱暴に席を立つとそのまま彼の元を去った。
幼い頃から時間をかけ紡いできたと思われた絆だが、ほどける時はあっけなかった。こうして我々は別々の道を歩むことになった。
その後、私が新たな仲間を募り、集めた情報を元にあちこち調査へ出かける一方で、何故かアシェリーは冒険よりも商売に注力していった。王都に冒険者向けの道具屋を開業したのだ。実績のある冒険者がセレクトした確かな品が揃うということで、客からの評判は高く、店は繁盛した。それに伴い、店舗を拡大し、さらには衣料品や食料品なども手がけ順調に事業を広げていった。数年もすると、彼は王都でも知らぬ者はいないやり手の商人の一人にのし上がっていった。
そんな彼の活躍を、私は遠くから冷めた目で眺めていた。冒険者の心を失い、金勘定に精を出す悲しい男の振舞い…そんな風に思いながら。
そして、自身は今まで以上に冒険に邁進した。アシェリーに反発する思いもあったし、もともとブレーキ的な役割だった彼がいなくなったことで、タガが外れたかのように冒険に没頭した。
幸い経済的にサポートしてくれる商人ギルドの後ろ盾もあり、各地に赴いては、希少な財宝や歴史的な遺跡を発見するなど実績をあげることが出来た。
時には、冒険へ対する投資と見返りが合わず、一部の商人ともめる事などもあったが、それでもその都度擁護してくれる別の商人に恵まれ冒険家としてのキャリアを高めていった。
そんな私にある日、魅力的な探索の知らせが舞い込んできた。
舞台となるのは、ブラン王国と陸続きにある小国のエストランド教国。代々宗教指導者が君主を務める封建的な宗教国家だ。他国からは神話の郷とも謳われる彼の地には、古の伝説に彩られた歴史的に価値の高い埋蔵品が多く眠るといわれてきた。
そのエストランド教国で最近新たなダンジョンが見つかったと、知り合いの冒険家が知らせてくれたのだ。
私はさっそく準備を整え、仲間と共に現地に向かった。しかしダンジョンの噂は、思った以上に大きく広まっており、我々が到着した頃には、各国からの冒険者や採掘者で、現地はちょっとしたゴールドラッシュのような様相を呈していた。それにともないマナーを守らない冒険者による、遺跡荒らしや盗掘まがいの行為が横行しトラブルになることも珍しくなかった。
地元の住民と冒険者達とで小競り合いが多発し、ついにはエストランド教国内で「冒険者の行いは異教徒による聖地への冒涜だ」と非難の声が高まり始めた。
冒険者へ向ける目が日増しに厳しくなる中、あろうことか冒険者として名が知られていた私が、その首謀者であるかのように名指しされ、国民からのやり玉に挙げられるようになってしまった。
その結果、見せしめ的な意味合いもあったのであろう、正式な手続きを経て採掘の許可を得ていたのにもかかわらず、事態を重く見たエストランド教国政府により、私は断罪され囚われの身となってしまうのだった。
半年、一年と拘束が続く中、解放の見通しはたたなかった。ブラン王国の冒険者として、それなりに名が知られていた私に対し国内で解放を望む声があがったとの噂もあったが、エストランド教国との関係悪化を嫌ったブラン王国の政府が直接動くことはなかった。
そんな窮地の私に手を差し伸べてくれたのは、商人ギルドだった。交易を通してエストランド教国とつながりがあった商人ギルドが教国政府へ働きかけてくれて、なんとか赦され出国することが可能になったのだ。囚われてから既に二年の月日が流れていた。
その後私は、釈放こそされたものの、エストランド教国での発掘の品々は全て没収され、着の身着のまま、まるで戦に敗れた落人のような体たらくで、エストランド教国を追い出された。逃げるようにして国境を越え、祖国ブラン王国の地に辿り着く。惨めで悔しい思いもあったが、それでも祖国の地に足を踏み入れた安堵感に勝るものはなかった。
国境を超えた後、王都を目指す道中、立ち寄った村で私はアシェリーにまつわるある噂を耳にした。
順調に商売を進めていた彼が、最近になり、多くの店を手放し、小さな道具屋に逆戻りしたというのだ。事業に失敗したとか、健康上の理由などと色々噂されたが真相は不明なようだった。
だが話を聞いても私は何も感じなかった。悲しみとか、残念な思いはもちろん、卑下するような気にもならなかった。自分自身のことで精一杯な状況でもあったが、それでもあまりに乾いた心の反応には、正直自分でも驚くほどであった。
——道は違えた。その後のことは、もはや無用…
心に浮かんだのはそんな思いだけだった。
その後苦労しながらも、なんとか王都へ戻った私は、懇意にしていた商人ギルドの重鎮の一人、ナザレフに会いに行った。彼は常々私によくしてくれた豪商の男で、今回の私の帰還の件も、彼が動いてくれたのだろう。その礼を伝えるため彼の家に向かった。
数年ぶりに会ったナザレフは、歳のせいもあり、病がちということで床に伏していた。すっかり老爺と化した彼に私が今回の件のお礼と今後の事などを伝えると、病の床で彼は意外なことを口にした。
今回、私の帰還に関して、商人ギルドからエストランド教国政府に対して、働きかけをするよう進言したのは、アシェリーであったというのだ。その際に、有力商人を動かすため、かなりのお金を使ったとの噂があり、一部の店を手放したのもそのせいかもしれないとのことだった。
それだけではなかった。過去にダンジョン探索の見返りの件で、私が商人ともめた時に、影で仲裁に入ったのもアシェリーだというのだ。
彼の話を聞き私は愕然とした。
——道は違えた…
そう思っていたのは、私の方だけだった。私が一方的に心を閉ざしていただけで、彼は常に私のことを思い、後ろから支えてくれていたのだ。そもそも彼が商売を始めたのもおそらく…そのことに思い至ると、自分のことが恥ずかしく、いたたまれない思いがした。その一方で、乾いていたはずの私の心が一瞬で何かに満たされていくのを感じた。
ナザレフの家を辞すると、その足でアシェリーの店へ向かった。
王都の表通りにあった店は既に移転しており、なんとか見つけたのは、裏通りに佇む一軒の小さな道具屋。その変わりように心を痛めながら店へ入ると、彼は一人薄暗い店内で帳簿らしきものを前に難しい顔をしていた。
「アシェリー…」
かすれた声で呼びかける。
すると、顔をあげ私に気づいた彼はにこりと笑って言った。
「やあ、帰ってきたな」
数年ぶりとは思えない、まるで昨日別れて以来かのようなあっさりとした態度だった。
「知らなかった。君が私のことを…」
私は言葉に詰まり、それ以上は出てこなかった。
「君はいつも走りすぎるからね。後ろから見守るのが僕の役目だろ」
彼の言葉を聞き、思わず目頭が熱くなる。息を吸い、気持ちを整え自らの思いを伝えるべく言葉を探す。しかし出てきたのは、「ありがとう」でも「すまなかった」でもない意外な言葉だった。
「ああ、そうだな。だから…これからもよろしく…」
瞳の中で滲む彼に、そう返すのが今の私には精一杯だった。

最初のコメントを投稿しよう!