第一章 燻る鼓動(ニコロ)

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10 みちるは、再度毛布に身を包んだそのあと部屋に戻っていた。 ニコロは、色褪せたジーンズを穿き白のセーターを着ている。 やかんにかけた料理用のガスコンロの前に立ち、ニコロはお湯が沸くのを待っていた。 チェックのマグカップが二つ、荒削りの木のテーブルの上に乗っている。 みちるは、椅子を引き出して座った。 やかんがぴいっと鳴り出すまで、みちるとニコロは押し黙ったまま。 ニコロは、沸騰したお湯をマグカップに注ぎ、その一つをみちるへ押しやる。 「ミルクはないよ。俺はブラックだし自分で砂糖は入れてね」 「コーヒー、ありがとう。私もニコロと一緒なの」 みちるは、小さな声で言う。 ニコロは、何か言いかけたが押し黙り、みちると反対側の椅子へ不機嫌そうに腰をおろした。 「……ニコロ、ご迷惑をかけてすいませんでした」 しばらくして静寂な時間が流れていた。 みちるは、決意して俯いたままどうにかこうにか口をこじ開ける。 全裸を見られた恥ずかしさにや申し訳なさに、みちるの声は細かく震えている。 みちるは、まともにニコロが見られなかった。 「まったくだよ。ロレッタ姉さんが大事に育てたわりには冷静さがなさすぎるね」 ニコロは、遠慮することなく毒づいてくる。 「ロ、ロレッタは、本当にいなくなったの?」 双子の姉妹の嫌味な発言でしかわかっていなかったので、みちるにとって現実には感じられずにいて思わず問うてしまう。 みちるの目尻は熱くなり、声は震えたままで、今にも泣きそうな長い月白の睫毛や銀灰色の瞳も大きく揺れている。 「……ああ。永遠にね」 ニコロは、一呼吸おいて短く淡々とした口調で言う。 「……」 みちるは、何も言わず涙をぽろぽろと流した。 涙がこぼれはじめると止めることが出来ず、みちるはテーブルに突っ伏して顔を覆う。 みちるは、ニコロを気にしている余裕はなく声を上げて胸が破れんばかりに泣いた。 長いことこうしているうちに、大きな嗚咽は次第に啜り泣きになる。 やがて途切れ途切れの溜息のように、みちるの弱々しい声は鎮まっていった。 みちるは、手の甲で濡れた頬を拭う。 ニコロの指がコツコツとテーブルを叩いていることに、みちるは気づいた。 みちるは、気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸した。 顔上げたみちるがちらりと一瞥したニコロの美しい顔の眉間には、深く皺が寄っていて厳しい表情を刻んでいる。 ニコロの指の音は、不意に止んだ。 再度俯いたみちるは、彼の視線が自分へまっすぐ向けられていることに気づく。 身体ばかりか心まで曝け出したような感覚に、みちるは前よりも裸になった気がしていた。 ニコロが安全なのは頭ではわかっていたが、みちるはいつの間にか身を守るように、自分の身体に巻つけた毛布を細かく震える両手でしっかりと握りしめる。 「……みちる、少し横になったらいいよ」 ニコロは、静かに言って椅子から立ち上がる。 「ニコロ、私はすぐに出て行くわ」 みちるは、そう言って重々しい身体を起こした。 「またふざけたこと言っているね。辛いのはみちるだけじゃないよ」 ニコロは、テーブルを回って来るとみちるの肩を優しくぎゅっと抱く。 「わ、わかっているわ」 「みちる、ベッドに入って。今は身体を休めることだよ」 ニコロは、みちるを抱えるように抱いてベッドへ促してくる。 みちるは、抗おうとしたが酷く疲れていて弱々しくニコロに従うしかない。 ニコロは、ダブルベッドの夜具を折り返すと、みちるの身体から毛布を引き剥がしてきた。 「!?」 「みちる、中に入って。ベッドへ潜ってしまえば、多少なりに汚れてしまった毛布なんて必要はない。大丈夫、俺は何もしないよ」 真っ赤になったみちるは、何か言いかけたが、ニコロの言うと通りに急いでベッドへ潜りこんだ。 枕やマットレスは柔らかくシーツを引き上げたみちるは、心地よさを感じている。 みちるは、すぐに横向きになり子供が安心感を得る時の本能のように、枕を抱いて身体を丸める。 ニコロは、みちるとベッドに入らず枕元に座ったので重さで沈む。 みちるは、慌てて瞼を閉じた。 「……みちる、ゆっくりとお休み」 ニコロは、大きな手で瞼を閉じたみちるの乾ききっていない金髪を優しく撫でてくる。 みちるは、ニコロの優しい声音や大きな手のひらにどうしようもない安心感を覚え、朦朧とした意識とともに、すぐさま深い眠りへ沈んでいったーー。
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