第二章 気持ち裏腹(ニコロ)

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3 「生きていてあやまちを犯したなら話はまた別だけど、生まれた時からあやまちの子なんて、この世には存在しないよ。みちるは殺人とか犯罪に手を染めていないだろう?」 ニコロは、小さくため息をついて言う。 「そ、そんなことを誓ってするわけないわ!」 みちるは、目を吊り上げる。 「そうだろう? みちるを誕生させた両親にたとえ罪があったとしても、その子供にはないのは確か。ロレッタ姉さんもそう言っていなかったかい?」 「言っていたわ。だから私、頑張れた。ロレッタがいてくれたから……でも」 「ロレッタ姉さんがいないこと、俺だって苦しいよ。辛すぎてみちるのように自殺を考えたけど、実行するまでの衝動は持てず、あれから十日くらいお酒に溺れ続けているけど」 「ダメよ! ロレッタは弟二人の幸せを何よりも望んでいたわ。ニコロ、自殺しちゃダメ。ロレッタが悲しむわよ!」 ニコロの悲痛な叫びに、みちるは彼を仰いで慌てて口を挟む。 「自分はロレッタ姉さんのためにならないこと実行したくせに、何を言っているわけ?」 目を剥いて咎めるみちるに、ニコロは呆れた声音で言う。 「だから、私にはロレッタしかいないの! ニコロのように実の兄とかいないのよ」 「パオロ兄さんは、確かに実の兄で彼に認められるために頑張ったけど、俺自身苦しいことばかりだよ。本当はもっと好きな仕事がしたいのに」 「好きな仕事?」 「そうだよ。過酷な現場や戦場じゃなくて、みちるのような魅惑的な被写体や壮大な景色を心が望む限り撮っていたい。でもそれだけでは、パオロ兄さんは俺を認めてくれそうにはないけどね」 ニコロは、顔をくしゃくしゃにして堰を切ったように自分の熱情を訴えるが、最後にしりすぼみになってしまう。 「……ニコロ、兄のパオロとちゃんと話し合ったの?」 「俺自身、パオロ兄さんが怖い。両親が亡くなって家業を継いだ兄さんは、厳格な大人となり幼い頃とは違う。妻子を持って多少は柔らかくはなったけど」 ニコロは、怯えた顔を滲ませてぼやいている。 「ニコロ、ちゃんとした話さなきゃダメよ。パオロのこと、ロレッタと同じくらい大切だと自分の胸に刻んでいるならば、きっと伝わるはずよ」 「みちるは、俺の現実を知らないから簡単に言えるんだよ」 「確かに知らないわ。でもね、このままではニコロは壊れちゃう。ほんの数ヶ月でもいい。ゆっくりと休んでみたらどう? ロレッタのこととかじゃなくて自分のために。そうやって自分を追い詰めてはダメ。ちゃんと自分を大切にしなきゃ。ロレッタはね、あなたやパオロの幸せを誰よりも何よりも望んでいたの。お願いだからそれをわかってあげて!」 みちるは、どこか儚げなニコロの言葉が怖くなり必死になって切々と訴える。 溢れる感情が止められず、みちるの瞳からぽろぽろと涙が溢れ出した。
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