第二章 気持ち裏腹(ニコロ)

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4 「……みちるは、俺を泣き落としにするつもりかい? 女の子ってすぐ泣くよね。大体男は女の涙に弱いから、策略があることを多いし気をつけろって、パオロ兄さんによく言われたよ」 ニコロは、みちるの感情的に流れてしまった涙に皮肉げに言ってくる。 「わ、私は、好きで泣いているわけじゃないわ! 我慢しても無理なのよ!」 みちるは、ニコロの言い草に憤慨して文句を垂れた。 「そうなの?」 「そうよ! どうせ私はお子様で、感情の抑制なんて出来ずに自殺未遂をしてしまった。でも二十歳過ぎているはずのニコロは、立派な大人でしょう? ならばちゃんとパオロと冷静に話しあって、前向きに考えたらどう?」 みちるは、頬に伝わる涙をそのままに皮肉げに自分を見ているニコロを掠れた声音で咎めた。 「……前向きにね。それが出来ない人に言われたくないね」 「だから、私は子供なの! ニコロ、お願い。ロレッタを悲しませないで。彼女がどんなに愛おしげに弟たちの名前を呼んでいたのか。そのことが私が羨ましくて歯痒かったのか、それはわかってくれないの?」 みちるは、涙顔で必死になってニコロを見た。 「……わかっているよ。でもね、ロレッタ姉さんは、みちると同じように衝動的に自殺してしまったんだ。俺やパオロ兄さんを放ってね!」 「じ、自殺?」 「そうだよ。みちるは知らなかったのかい? パオロ兄さんの妻が、ロレッタ姉さんを庇って銃弾を受けて死んでしまった。ロレッタ姉さんは、それを苦にして自殺した。湖から遺体は上がってないけど、彼女の靴と遺書があったよ」 ニコロは、声を震えせて瞳を大きく揺らしながら言う。 今にも泣きそうなニコロの苦しげな表情に、みちるの小さな胸は引き裂かれそうなくらい激しく痛む。 「優しすぎるロレッタらしいけど……。ニコロ、ここで挫けてはダメよ。あなたにはまだ兄のパオロがいるじゃないの。きっと彼は、誰よりもニコロの理解者になれてお互いにしっかりと前に進める。そうでしょう?」 みちるは、自分の涙を拭ったあと、小さな手を伸ばしてニコロの目尻に滲む雫をそっと拭う。 「みちる」 「ちゃんと、パオロと話しあって。ニコロは少し休むべきよ。好きなことをする時間、心が癒される時を、あなたは過ごすべきよ」 みちるは、ニコロの頬を優しく宥めるように撫でる。 ロレッタがみちるにしてくれたように、彼女の中に溢れているたっぷりな愛情と言葉を自分の仕草に込めた。 「……そうだね。パオロ兄さんと話しあってみる。どうしてもやるべきことすませたそのあと、自分の好きな仕事してみようかな」 ニコロは、みちるの言葉に応じて小さく頷いた。 「そうして。ニコロが幸せならきっとロレッタも喜ぶわ」 「それは、みちるも同じだよ」 ニコロに言葉を返され、みちるは一瞬目を見開くがすぐさま視線を逸らした。 みちるは、ニコロの頬から自分の手をおろして長い睫毛を伏せる。 「……私のことは、放っておいて欲しいの」 みちるは、ひと呼吸おいて震えた声音で言う。 「みちる」 「どうか、私のことは放っておいて。私はニコロと違ってこれ以上は無理なの」 みちるは、必死に涙を堪えて拭えない苦い気持ちを吐露した。 「みちるって、自分のこととなるとバカなことばかり言うね。本当、危なっかしいよ」 ニコロは、自分の両腕をみちるの背に回して頑健な胸板に押しつけてきた。 「だ、だって。先なんて見えない。私はニコロのように、やりたいことなんてないし」 みちるは、裸体であるお互いに困惑はあったが、それよりも心は荒み力が出ない。 溢れそうになる涙を堪えながら、みちるは口の中でもごもごと言う。 「今から探せばいいよ。みちるこそロレッタ姉さんを悲しませたらダメだよ。きっとロレッタ姉さんは、衝動的に自殺したけど今は悔いているよ。春か夏にみちるを養女にして迎えるって話、ロレッタ姉さんは俺とパオロ兄さんに話してくれた。それを果たすことなくみちるを放ってしまったことは、彼女自身絶対に後悔しているはずだよ。だからね、俺も頑張るからこれ以上はロレッタ姉さんを悲しませないでよ。ね?」 ニコロは、みちるの髪を宥めるように優しく梳く。 「……ニコロ」 「ロレッタ姉さんは、俺たちの幸せを心から願っている。きっと、今もそう。ねえ、みちる。約束だよ。姉さんのためにも彼女の想いに応えるためにも、お互いに前向きに頑張ろうよ。ね?」 「……」 みちるは、ニコロの甘くて優しすぎると言葉に感極まって泣きだ出してしまった。 「みちる、自分の戦いに負けちゃダメだよ。そうだろう?」 「……ニコロ、ニコロ……」 みちるは、ニコロの名を呼びそのまま泣き崩れてしまった。 ロレッタではないニコロの名前。 みちるが愛おしげに自分の名前を繰り返すこと。 それがニコロにとって、これから先どうしようもない大切な印となりえることなんて、今のみちるには知る余地はなかったーー。
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