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第一章 燻る鼓動(ニコロ)
1
みちるがまるで姉か母のように慕っていた存在は、もういない。
ロレッタが、みちるのすべてだった。
ロレッタが笑い、語りかけること。
みちるの心の唯一無二の拠り所になっていた。
だが、永遠に失われてしまった度重なる非情な現実に、みちるは深い眩暈を覚えていた。
ロレッタは、みちるを養女にしたいと、彼女の義理の父親であるフォード家の当主へ話していた。
みちるが年末年始に耳にした、ほんの数ヶ月後のことだった。
みちるは、母の前の夫と駆け落ちで出来たあやまちの子とされていて、フォード家では肩身の狭い思いをしている。
フォード家の当主は、母の従兄。
みちるの父が亡くなって一年も経たないうちに、母と再婚となった。
日本から移住し、アルビオン国籍となった母娘は引き離されることになる。
会社のお金を横領したことで自殺した父との深い関わりがある、二人への戒めでもあった。
当主の子供四人は、実の母親が亡くなった時に、みちるの母の世話になったこともあり以前から懐いていたが、彼女の娘への対応は酷かった。
それを察した母のジェシカは、母娘の窮地を救い上げてくれた今の夫にどうあれ逆らえないとわかっていたので、前の夫の葬式で再会した親友のロレッタに娘を託した。
約一年、みちるの家庭教師となったロレッタの庇護の下、明るさを取り戻したみちるは、元気に過ごすことが出来たが、事態はまたもや急変する。
みちるは、母のジェシカと同じように十六歳の間に、ロレッタから英才教育を施された。
日本の高校からアルビオン王国の寄宿学舎をへて、飛び級で大学まで進学することが出来た。
フォード家は、アルビオン王国屈指の名家で、大学を二十歳まで卒業しなければいけないこと、二十五歳まで家のために結婚しなければいけない規律もあった。
みちるは、学校の長い休日のたびロレッタに家から自立するすべを学んでいた。
いつものように、春休みにロレッタへ会いに行こうと、みちるがアルビオン王国にある大学の構内から出たその時。
待ち構えていた双子の義理の姉妹が、ロレッタの死という残酷な現実をみちるへ告げた。
双子と一緒に来ていたもう一人の義理の姉であるジョアンは、みちるより一つ上だった。
初めて会った時と違い、ジョアンは最近姉としてみちると関わろうとする。
ジョアンが蒼白なみちるを連れ出した先は、学校の長い休みにロレッタと過ごしている別荘。
ロレッタは、祖国のアウソニア共和国の両親が亡くなったあとに引き継いだ、アルビオン王国内にある豪奢な別荘。
みちるを大事な家族としてみていたロレッタは、別荘を彼女が一人でいつでも使用出来るように合鍵を渡してくれていた。
別荘は、湖もある大庭園の中にあり広く個人所有である以上敷地内に部外者が侵入するのを防ぐため、然るべき管理人がいる。
監視カメラが何台も設置してあり、敷地内には素晴らしい邸宅を含めて使用人が寝泊まりしている家や番小屋もあった。
自然の森を好むロレッタの弟が度々使用することもあり、彼は大邸宅ではなく自然の近くを好んで番小屋で過ごすことが多いこと。
ロレッタが亡くなり傷心気味のみちるの頭は混乱していて、まだ会ったことはない彼女の弟の存在は、すっかりと消え失せていたーー。
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