第一章 燻る鼓動(ニコロ)

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3 時は遡り、ほんの数分前のこと。 ニコロは、 ベッドで大の字を作って泥酔して眠りについたはずだった。 深夜、断続的に忙しなく鳴り響く携帯に起こされたニコロは、印象的な琥珀色の巻き毛を掻きむしった。 ニコロは、二メートル以上の大柄で頑健な身体を引き起こしてサイドテーブルにある携帯電話を取る。 自分が起こされた内容を不機嫌な声音で、ニコロは問い質す。 ニコロは、思わぬ緊急事態に気づき中性的で端整な美貌を刻む眉間に深い皺を作り、麗華な紅蓮の瞳を見開く。 直接会ったことはないが、ニコロは行方不明の娘を放っておくことは出来なかった。 ニコロは、ベッドから飛び起きた。 全裸だったのでTシャツとセーターとGパン、ダークグレイのトレンチコートを急いで着た。 安息を求めてきた別荘生活が一変したことに、ニコロは嘆息を何度もこぼしながら、木々の生い茂る自然の森の散歩道を足早に歩いている。 わずかな外灯と、月明かりしかない海。 到着したニコロは、遠目ながらも確認出来る全裸で泳ぐ少女と遭遇していた。 連絡を受けていたので、ニコロにとって予想内だった。 それでもニコロは、少女の艶姿に見惚れて息を詰めてそのまま動けなくなってしまう。 まるで人魚のように、瑞瑞しい肉体をあらわに寒い海の中を平気で横たわっている。 空を見上げている姿は、思わず溜息が出るほどの幻想的な美しさを醸し出していた。 いつもは肌身離さずに持っていたカメラを緊急事態で置いてきてしまった自分の不甲斐なさに、ニコロは我に返った。 自分の探していた人物が目の前にいること。 みなの心配をよそに、初春の冷たい海に身体を浮かべている。 儚げな風情で、今にも海の藻屑となって消えてしまいそうな現実。 直面したニコロは、トレンチコートを脱ぎ捨て慌てて砂を蹴散らし海へ駆け出した。 ニコロは、ぼんやりと海に浮かんでいる少女を脅かさないように冷静を保ち続けることを心がける。 出来るだけ静かに海に入り、ニコロは慎重に泳いだ。 ニコロにとって、隠密行動となるのは経験上簡単なことで問題はなかった。 どうあれ周囲は静寂、どんどん沖に流されているせいか。 少女は、近づいてくる存在に全く気づこうとしないまま、長い睫毛を伏せている。 ニコロは、出来るだけ静かにと細心の注意を払っていた。 少女の周囲への無関心さ。 何だか無視されているような気分もあり、ニコロは内心腹立ってはいた。 彼自身、半分は愉快でもあった。 肌を切り裂くような冷たさだが、あらゆる痛みを経験しているニコロにしては些細なもの。 海へ投げ出すほどの衝動はなく、自殺した姉に絶望して酒に溺れて泣き崩れるだけ。 死を選ぶ少女は、自分よりもずっと姉へ心頭しているのかもしれない。 少女の心を感じてしまったニコロの胸の真ん中へやけに響いていた。 ニコロは、ありえないほど長い睫毛を伏せて、海に肢体を浮かべている少女へ自分の両腕を伸ばした。 「!?」 ニコロが今にも折れそうな細い身体を引き上げると、少女はびっくりして彼を仰いだ。 ニコロが初めて会うはずの少女は、これから先彼自身深く愛おしく想わせる結果となるーー。
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