第一章 燻る鼓動(ニコロ)

5/10

36人が本棚に入れています
本棚に追加
/179ページ
5 思わずとっくりと見つめてしまったニコロの視線に気づいたのか、みちるは自分の両腕を胸元に交差させるとくるりと背を向ける。 「ひ、酷いわ!ジロジロ見つめるなんて失礼よ!」 みちるは、まるで子猫が毛を逆立てるように大きく肩を震わせて言う。 「問題ないよ。カメラの被写体として極上に美しく思わずうっとりしたけど、俺は女性には興味はない。ロレッタ姉さんにきいているだろう?」 ニコロは、数年前から男色家を自負しているわりには、多少はみちるを意識している自分にわかっていたけど即答することが出来た。 それはニコロにとって当たり前の考えなので、芽生えた何かを剥ぎ取り、彼自身無視することは簡単だった。 「た、確かに、私はもうすぐ十六歳になるのに、義理の姉たちと比べて幼すぎるわね」 ニコロに背を向けているみちるは、淡々とした彼の反応を皮肉り項垂れている。 「そういうことじゃないよ。みちるはあらゆる面で魅力的だって。でもね、さっき言ったけど、俺自身女性には性的関心が持てないだけ。さあ、バカなことを話していないで冷たい海から離れよう」 「私のことは放っておいてちょうだい!」 みちるは、声を荒げて言い放つと沖へ歩き出してしまった。 「は? 何をふざけたこと言っているわけ? 風邪ひくよ!」 ニコロも声を荒げて言うが、慌てて追いかけた彼の手をみちるはあっさりと振り払ってしまう。 「風邪ならば、私の血筋的にひかないらしいわ。ニコロ、あなたこそまずは自分の心配をしなきゃダメよ」 みちるは、何か言いかけたニコロを遮りやけに大人びた言葉で窘めてくる。 まるで姉のロレッタのような言い草に、初めてみちるに労わるように自分の名前を呼ばれたことに、ニコロは唖然としている。 みちるは、すぐさま沖の方へ躊躇うことなく歩き出してしまった。 「待てよ!」 我に返ったニコロは、慌ててみちるを追いかける。 みちるの両腕を掴んで反転させ、自らの頑健な胸板へ華奢な身体を押し込んだ。 「離して!」 「離さない! 凍てつく海にいたら誰であってもこのままではすまないって」 ニコロは、意味深なみちるの言葉に引っかかりはあったが、ともかく今は砂浜へ連れ帰ることを先決にした。 激しく争うみちるの両腕を押さえ、ニコロは沖とは反対側へ彼女を引き摺るように歩き出した。
/179ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加