第一章 燻る鼓動(ニコロ)

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6 みちるは、ニコロの腕の中でもがいていた。 「お願い、おろしてって! あやまちの子なんて、海の藻屑になったほうがいいのよ!」 悲痛の声音を上げるみちるに、ニコロはいちいち構っている余裕はなかった。 ともかく氷のような海面から出ることに、彼自身専念している。 みちるの身体は、どうしようもなく柔らかくまるで羽毛のように軽かったが、あまりにも冷たいのも確かだった。 ニコロは、急いで砂浜へ連れて行った。 ニコロが思っている以上に、彼自身の身体は相当重かった。 細身のジーンズを穿いてきたが、やけに両脚へまとわりついていて、ニコロは不快に感じていた。 海も陸上も真冬のように寒いので、まずはみちるから先決と念じたニコロは、自分へ突き刺さる感覚を無視する。 ニコロは、全身震え上がらせた肢体を自分の両腕で軽々と抱き上げ、放ってあるダークグレイのトレンチコートがある場所へ足早に向かっている。 「お、おろして」 みちるは、ニコロを仰ぐと残されたわずかな力で抗い、震えた声音で訴えてくる。 ニコロは、すぐさま自分の胸板へ押さえつけ、みちるをジロリと睨みつけた。 「大人しくしていて」 とても静かだが、ニコロの威圧的で低い声音が響く。 みちるは、真っ青になって竦み上がる。 「……お願い、おろして」 それでも一呼吸して反論してくるので、ニコロは前よりも強く抱え込む。 「寒空の海辺で、一晩中みちるにかかずっているのはごめんだよ。わかって」 「ニコロ、おろして。あなたにはこれ以上迷惑はかけないわ。私のことは放っておいて」 みちるのか細い声音は、やけに凛としている。 ニコロの胸奥が疼いたが、彼自身従うつもりはない。 ニコロは、自分のトレンチコートの場所へたどり着くと、みちるが望むように彼女を両腕からおろしたもののすぐさま思う通りに行動する。 みちるは、いきなりおろされて呆然としている。 ニコロは、砂を大きく払ったトレンチコートですっぽりとみちるを包み込み、すぐさま再度自らの両腕で抱き上げる。 「ニ、ニコロ」 みちるは、上ずった声でニコロの名を呼ぶ。 その声音は、やけにニコロの胸をときめかせ、彼自身を脅かしていた。
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