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「……みちる、俺に大人しく従ってよ。泥酔して眠っていないぶん、俺自身いつもと違ってやけにふらついている。これ以上俺を怒らせないで」
海とは反対側を歩き出したニコロは、ひと呼吸おいて一語一語噛み砕くように言う。
「ニコロ、私はこのまま海の藻屑となりたいの。これ以上は無理なこと、わかって」
みちるは、ニコロの意に介することなく再度彼の名を呼んで言い募ってくる。
「無理なんかじゃない! ロレッタ姉さんの大切にしている子、俺がこのまま放っておけるはずないだろうが」
「ニ、ニコロ」
「みちるを再度海へ向かわせるチャンスなんて、俺は絶対に与えないよ。俺のお気に入りの浜に溺死死体が上がるのもお断り。ともかく俺は、今凄く寒いしこんなところでみちると言いあうつもりはないからね!」
怒号を上げるニコロは、無性に腹立っていた。
冷淡と自他共に認めるニコロがここまで声を荒げて熱くさせる存在は、数えるほどしかいない。
いわゆる最も身近な家族以外であり、ここまで怒らせて冷静さを失わせることは、ニコロが大人になった以上とても難解だとされていた。
ニコロの姉のロレッタが自分の養女にする話をしていたとはいえ、まだまだみちるは彼にとって身内ではない。
その上まだまだ幼い少女に、自分自身がここまでむきになってしまうこと。
ニコロは、自分の名前をみちるに呼ばれるたび彼女へ巻き込まれる自分自身に、酷く困惑していた。
みちるは、ニコロの怒気に負けたのか、それとも彼を気遣っているのか、精魂尽きたのか、押し黙っている。
ニコロは、出来るだけみちるの姿を自分の瞳に映さないように心がけた。
自らの両腕で抱えているみちるは、羽毛のように軽い。
彼の中では別物のようで鉛のように重く、どうしようもない存在を放っている。
不可解な質感に、 全身ずぶ濡れで極寒としか思えない場所であり泥酔したせいなのだと、ニコロは自分に言いきかせる。
忙しない姉が自分の余暇をすべて注ぎ、まるで宝物のように慈しみ、大切にしていた娘だからこそ心が妙に騒ぐだけなのだと。
ニコロは、ロレッタとみちるが夜会で寄り添うように歩いていた時、どうしても話しかけることが出来なかった。
みちるに嫉妬したのか、姉のロレッタになのか。
今でも自分の心が整理出来ていなかったことに彼女とあらためて触れ合い、ニコロはしみじみ感じていた。
みちるに関して、ニコロはどうしても自分で理解出来ない現実と向き合っていること。
それはニコロにとって怖く思えるのに、どうしてもとてつもなく愛おしささえ覚えていた。
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