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27.宮殿の中のアリス◆ノア視点
リゼッタを無事に客室まで送り届けて、久しぶりに戻った自分の部屋を見渡した。本当なら客室ではなく同室で過ごして欲しかったが、先程の彼女の態度を見る限り難しいだろう。
早まっただろうか。
しかし、自分の中でリゼッタを両親に紹介することはアルカディアに到着する前から決めていたことであり、恋人と言ったところで何も問題はないと考えていた。彼女も好意のようなものを抱いてくれていると思っていたし、正直なところ、シグノーと婚約出来るなら自分も何ら対象として不足はないと自惚れていたことは認める。
ソファにもたれ掛かり、小さく溜め息を吐くとノックの音がした。一瞬リゼッタかと思ったのですぐに返答する。
扉を開けて入って来たのは小柄な女だった。
「………アリス、来てたのか」
「貴方が帰ってきたと聞いて飛んできたのよ」
ピンク色の巻き毛をふわふわと踊らせて頭の上に大きなリボンを乗せたアリス・イーゼンハイムは、机を挟んで向かい合うようにソファに座った。
年の近いこの従妹が頻繁に宮殿に顔を出すようになったのは、いつからだろうか。厄介なことに以前、アリスの友人がノアの友人伝いに娼館通いを知ったことで、彼女もまたその事実を知っていた。
「ねえ、明日は時間ある?行きたいお店があるの」
「悪いが今回は構っている暇がない」
「どうしてそんな事言うのよぉ!」
分かりやすく頬を膨らませて怒った顔を作るアリスに疲れを感じた。いくら従妹と言えど、妙齢の彼女を自分の娘のように宮殿に出入りさせる両親もどうなのか。
「客人が居るんだ、丁重にもてなしたい」
「客人?私は紹介されていないわ」
「お前に紹介する義理はないだろう」
「妹のようなものでしょう、私にも会わせてよ」
どんなドレスで会おうかしら、と気合いを入れて姿見を覗き込むアリスにリゼッタのことを話すか迷ったが、事が拗れると面倒なので黙っておいた。夕食までには彼女も家に帰るはずだし、もしも蜂合わすような機会があれば、その時に伝えれば良いだろう。
しかし、社交界で高嶺の花として扱われているからか、少し見ない間に随分と自信に満ち溢れた顔をするようになったと思う。昔は自分の後ろをくっついて回っていたアリスがこんなに大きく成長したことに時の流れを感じた。
リゼッタは、いったいどんな幼少期を過ごしたのだろうか。
「……そろそろ家に帰ったらどうだ?」
まだ鏡の前に立ち、リボンの角度を直すアリスに声を掛けると鬼の形相で振り返った。
「どうしてそうやってすぐ追い出そうとするの?昔は一緒のベッドで眠ったりしたじゃない!」
「それは子供の頃の話だろう」
「ノアが娼館に通ってるって話を伯父様にバラすわよ?」
「お前なぁ、」
いつもこの流れだ。聞き入れてくれないと分かった途端に決まり文句のように、そのネタで脅す。べつに国王夫妻に伝わったところで叱られる程度で済むだろうが、本音を言えば出来ればそうならないことを望む。
どうするのよ、と尚も言い寄るアリスの頭をポンポンと叩いた。
「今度、ウィリアムも誘って買い物に行こう。それで埋め合わせということにしてくれ」
「えー私はノアと二人で行きたい。ウィリアムは怖いもの」
「あいつも女に慣れる必要があるからな」
でもでもと言い続けるアリスを入り口まで追いやって部屋の扉を閉めた。ドンドン叩いて来ないあたり、大人しく去ってくれたのだろうか。
踵を返してソファに戻ろうとしたら、またもやノックの音がした。さすがに苛立ちを感じて乱暴に扉を引く。
「おい、しつこいぞ!良い加減に…」
「……っあ…ごめんなさい」
扉の向こうでは泣きそうな顔をしたリゼッタが立っていた。
「…ごめん、人違いで強く言ってしまった」
「いえ。タイミング悪くすみません……」
出直しますね、と去ろうとするリゼッタの腕を咄嗟に掴む。驚いたように振り返った彼女と目が合った。
訪れたチャンスを見逃すわけにはいかない。彼女の心が自分の方を向いていないなら、見てくれる距離まで近付けば良いだけの話。もう少し時間を掛ける必要がある。
「せっかく来てくれたんだ、話を聞かせてよ」
「大したことではないのですが…」
申し訳なさそうに話し出したリゼッタは、薬を飲みたいけれどグラスの場所が分からないと言った。戸棚の中にあるはずだが念のため確認すると伝えて連れ立って歩く。
どんな理由であれ、リゼッタが自分に会いに来てくれたことに気分が上がった。
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