43.鹿狩りの計画

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43.鹿狩りの計画

アリスと会話した後、ノアを探し続ける気持ちも喪失してしまって再び部屋に戻った。 コップに水を汲んで丸い小さな薬を飲み干す。そういえば、ノアは薬について何か知りたがっていたっけ。アルカディアでより良い治療法があるならば是非とも受けてみたいと思うけれど、最近は自分の身体の弱さなど一切感じないほどには健康体だったので、その目的すら忘れていた。 ーーーどうしてノアの隣に居るのか? その疑問は、至極当然だ。アリスはもしかすると私がノアに対して取る態度が恋人同士のそれとは違うことを見抜いているのかもしれない。人前で手も繋がないし、熱く見つめ合うわけでもない。私は終始、ノアのことを王族として敬うことを意識していたから。 ノア・イーゼンハイムは隣国アルカディアの王子。いくら彼が私とご都合主義の恋人ごっこを繰り広げたところで、その事実は決して変わらない。 「……ごめん、待たせたね?」 「いいえ。お陰様で休憩できました」 戻ってきたノアに笑顔を向けながらベッドから立ち上がった。暗い考えには蓋をして、夕食のことを思い浮かべるようにする。ノアが差し出す右手に手の平を重ねると、軽い調子でまた手を舐められた。「やめてください」と言うと、へらりと笑う彼は一国の王子というよりは悪戯好きな子供のようだ。 ◇◇◇ 大きな円卓には時計回りに国王、王妃、私、ノア、アリスという順番で着席している。机の上には今日は鳥の丸焼きがドンッと乗っていて、今日も今日とてアリスは私のことなど視界に入らないかのようにノアにベッタリだった。 「それでね、陛下、私はノアに言ってあげたの。怖いなら一緒に眠ってあげましょうか?って」 「……よくそんな昔の話ができるな」 「だって私未だに覚えているもの」 「っはっはっは!アリスは本当にノアと仲がいい!」 国王の豪快な笑い声は、私の鬱々とした気持ちを吹き飛ばしてくれるようで不思議と嫌な感じがしない。 「そういえばマリソン、週末に鹿狩りに行こうと思うんだが…」 「もうシーズンの終わり目ではないですこと?」 「ああ。だから今年の狩納めに……」 もごもごと言葉を濁す国王を一瞥し、王妃は「怪我のないようにしてください」と付け足した。通常鹿狩りのシーズンは落ち葉で見通しが効くことを考慮して十月から三月一杯であると図書室で読んだ本には書いてあった。 もう四月に差し掛かろうとしている今は本当にラストチャンスだと言えるだろう。 「そこでノアとリゼッタ嬢も行きたいと言うから連れて行こうと思ってね。アリスもどうだ?友達を誘ってもいいぞ」 「本当ですか陛下!ではスペーサー伯爵を誘いますわ。最近よく彼からお誘いを受けますので」 「お前は本当に社交界の花だなぁ…!」 こんな姪を持って私も鼻が高い、と国王は再び大きな声で笑う。 私は黙々と鶏肉を口に運びながら咀嚼した。ノアは窓の外を少し気にする様子を見せながら、同じように料理に集中しているようだった。その首元に私が付けたであろう引っ掻き傷を発見して、つい数時間前の行為のことを思い出す。私は顔から火が出そうになって、料理の味に気持ちを戻すために目を閉じた。
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